第二十四話 表 灰燼より出でて 後
「んなことになってたのか……」
遼の話を黙って聞いていた乾がポツリとこぼす。
「ヒスイさんが異世界……ネビュラだっけか? の人だって話は聞いてたし、まぁ、ぶっちゃけ半信半疑だったよ。耳も尻尾も、アニマの存在もこの目で確かめて、否定できる材料なんて無くても、やっぱりまだ信じられなかった」
深く息を吐き、天井を仰ぐ。
「……あるんだなぁ、こんなことが」
乾のその言葉には複雑な色が乗っていた。
不安、恐怖、驚愕、困惑、それに――
「なんか少しワクワクしてませんか?」
「するだろ、そりゃ。異世界が実在して、このままいくとその世界の女神が侵略してくるんだろ? で、お前はそれを阻止する”鍵”とやらを持つ異世界人とのハーフだ。なんだそりゃ。俺が中学生だったら羨ましくて死んでたわ」
「そういうものですか」
「ま、流石に今の俺はお前になりたいとは思わんがな。これが大人になるっていうことか」
そう言い、すっかり温くなったコーヒーを啜る。
「……ヒスイちゃんを、帰してあげられるの?」
ベッドに横たわったままの茉由が遼を見て言う。
自身が重傷を負ってなお、一度会っただけのヒスイのことが気がかりで仕方ない。そんな声色だった。
「赤い髪の男が言った富士山麓の施設……。さっき話にも出した姉さんの後輩の明石さんは、そこに向かった後ネビュラに転移しています。なので、そこに転移装置のようなものがあると踏んでいます」
赤髪の男の思惑は未だ不明だ。
だが、男が示したその場所に答えがある。遼はそう確信していた。
遼のジャケットの中でスマートフォンが鳴る。
その画面をちらりと見て電話を取った。
「ええ――はい。お手数おかけしてすみません。すぐ迎えに行くのでそこでお待ちください」
短い通話を終えると乾が怪訝そうに言う。
「なんだ? 誰か来るのか?」
「ええ、今着いたとの連絡だったので迎えに行って来ます」
遼はそう言うと立ち上がり、診察室を出て行った。
少しして様子を見に待合室に向かった乾が聴いたのは、ペチンという乾いた音だった。
慌てて待合室へ駆け込んだ乾が目にしたのは頬を張られた遼と、右手を振り抜いた後のヒスイ、そしてそれを困惑しながら見守る少女と一人の男だった。
「……なぜ、一人で行ったのですか」
ヒスイが右手を押さえ、翠緑の瞳で遼を真っ直ぐに見て言う。
それは遼も初めて聞く低い声だった。
「……あなた方を危険に晒したくなかったからです」
「遼」
その声で待合室の空気がピンと張り詰めた。
「死ぬつもりでしたね」
全部見透かされている。
この翠の瞳には。
「わたしたちは共犯者だと。遼――あなたが言ったんですよ」
その言葉に心の臓を刺され、拳を握りしめる。
「……仰る通りです。私は……間違えました。あなたを、裏切った」
こんなにも想ってくれている相手を。
信じてくれている人を。
「後悔、しています。そして、謝らないといけないと」
「ならばもう……二度と、同じ間違いをしないでください。あなたが死んでしまったら……誰が姉君を助け出し……わたしをネビュラへ……帰して、くれるのですか」
徐々に揺らぎ、やがて決壊する。
遼に縋り付き幼子のように泣きじゃくるヒスイが落ち着くまで、その場の全員がただ静かに見守っていた。
「あ、一ノ瀬の同僚の高瀬です」
「乾です。見ての通り、しがない町医者です」
診察室に向かいながら簡単な挨拶を済ませる。
「茉由さん!!」
ヒスイが茉由の寝るベッドへ駆け寄る。
「ヒスイちゃん、ひさしぶり。教えてあげたセット……上手にできてるね」
「はい……茉由さんのお陰で、色んなところに行けるようになりました」
「そっか、良かった」
茉由が弱々しく笑う。
「目の下……真っ赤。一ノ瀬に……泣かされたんでしょ。でも……あいつも反省してたから、赦してやって」
茉由の手が弱々しくヒスイの顔を撫で、ヒスイがその手を握る。
その温もりに安心したかのように、茉由はすうすうと寝息を立て始めた。




