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第二十四話 裏 謁見と交渉 後


 「……俺の先祖のことをご存知なんですか?」

 全登(てるずみ)はアルヴァン公を旧知の仲だと言っていた。だから、公爵が全登のことを知っているのは当然だ。

 しかし、明石という名だけで両者を結びつけられるものだろうか。


 「旧い馴染だ。さあ、申してみよ」

 公爵は景真の問いを軽く流し、要求を聞こうとする。

 全登の件で出鼻をくじかれた景真は、それでも勇気を振り絞り声を出した。

「……”真理の方舟”に巣食う異端者を倒すため、兵を出してもらいたい」

 

 軍を動かせ。

 なんの肩書きも後ろ盾も持たない一個人が出していい要求ではない。

 しかし、公爵は何を言い出すかわかっていたかのように眉一つ動かさなかった。

「――なるほど。先日、神都の教皇猊下より使いが参った。聖堂騎士団の公国領内への進入許可と援軍を出せ、とな」

 その視線がメノウへ向く。

「教皇庁を動かしたのは”第三の翼”だ。そうだな?」

 メノウが腰を引き、座っていた音がギッと音を立てる。

「……ご存知だったのですか?」

「公国の諜報部もみくびられたものだ。知っている。いつ頃から存在するかも、『ジュスト』を名乗る者に率いられていることも、――救世教と対立しているらしい、ということも」

 そして、景真たちに接触し公国軍を動かそうとしていることも。

 この場でそれを知らないのはオウカだけだった。

 

 「救世教は我が国にとっても目の上のたんこぶだ。これを除けるならすぐにでもそうしたい。だが――」

 公爵が景真を見る。

「答えは否だ。公国はつい先ほどアゲントに五千もの人員を派遣することを決めた。オウカ殿、貴公はわかっていたはずだ。二兎は得られぬと」

 水を向けられたオウカが流石に口籠る。

 “第三の翼”の存在そのものを知らないまま話に引き込まれたのだから当然だろう。

「……その点に関してはケーマ殿とあらかじめ協議してあります。聖地奪還には公国騎士団のみ派遣いただければと考えています」

「……なるほど。では勝算は?」

「聖堂騎士団と公国騎士団。それに我々が力を合わせれば――」

「勝てんな」

 メノウの言葉を公爵が遮る。

「聖地は今や難攻不落の要塞と化している。そこに――”使徒”がいる。よもや、奴らを知らんわけでもあるまい」

 

 使徒を含む異端者を聖地から駆逐する。

 公爵の言葉通り、その勝利条件なら満たすことは不可能に近いだろう。

 連合軍を陽動に景真がオルフェナに接近し破壊する。それこそが真の勝利条件だが、それを公爵に伝えることはできない。

 女神の死。

 そのような結末を支持する人間は、この世界にはほとんど存在しない。


 「よしんば勝てたとて、問題は戦後にもある。教皇庁が出張ってきたということは、聖地を取り戻した暁にはその手中に入れようとの魂胆だろう。そうなれば、領内に巣食う者が入れ替わるだけで我が国にはなんの利点もない」

「公爵閣下、発言をお許し願いたい」

 オウカが機を得たとばかりに口を挟む。

「申してみよ」

「感謝いたします」

 公爵の言葉を受け、立ち上がる。

 

 「戦の勝敗、戦後の(まつりごと)。これらは一介の商人の身に過ぎぬ私には図りかねます。しかし、利得の話とあらばそれは我々の土俵でありましょう」

 大仰な手振りを交えて演技がかった口調で言う。

 

 「一つ、聖地”真理の方舟”は大陸中央に存在し、ここに邪悪な異端者どもが蔓延ることで、重要な交易ルートが分断されています。ここが解放されれば公国の、ひいては大陸全土の経済は飛躍的に発展するでしょう」

 

 「続けろ」

 

 「二つ、これは利得というよりは不利益の排除です。救世教の表の姿たるフォボス商会はつい先日ゴンドにて幻想薬をばら撒く企てをしておりました。我々の情報網によってこれは未然に防がれましたが、奴らは日々世界中でこのような破壊工作に勤しんでおります。それを駆逐できたならばこの上ない利益と言え、また、閣下の名は英雄として末永く語り継がれましょう」

 

 「まだあるか?」

 

 「最後にもう一つ。閣下は戦後、聖地を教皇猊下に押さえられることを心配されておりましたが、あそこは紛れもなく公国の領地。それを領有する正当性が教会に無いことは猊下も承知でしょう。中央教会の目的はあくまでも創世教の権威を守るため、異端者を一掃することです。彼らにとっての聖地とはあくまでも神都なのですから」

 

 「ならば聖地が二つあることは彼らにとり不都合なのではないか?」

「閣下の仰る通りです。ですので、()()()()()など降ろしてしまえばいい。それでも方舟は人々で賑わいましょう。交易の要として、女神の遺構として」


 静寂が広間を覆う。


 オウカにとって、異端者の掃討は喫緊の課題ではない。

 にも関わらず、公爵と堂々と渡り合い、喰らい付いた。

 その論には多少強引な面もあると景真も感じたが、同時に自分では同じようにはできなかっただろうとも思った。

 オウカを頼もしく思いつつ、無力感に苛まれる。


 「……ふっ。その若さ、羨ましく思うぞ。ギルノール、貴公はこの戦をどう見る」

 公爵の後ろに立つ、一際背の高い男が一歩前へ出る。

 その男はそこに立つ間、微動だにせずずっと目を閉じていた。

「勝算は良くて五分、悪ければ二分といったところでしょう。ですが――」

 その目が開く。

 そこには蒼炎が燃えていた。

「使徒は我が父の仇にして一族の仇敵。是非、騎士団を率い奴らの首級を上げるようお命じください」

 落ち着いた声の中に隠しきれない熱が籠る。

「……貴公も若いな。――よかろう。ギルノール、公国騎士団を率い、この大地から異端者どもを駆逐せよ」

「はっ!」

 ギルノールは颯爽とした足取りで広間を後にした。


 「さて、ケーマ殿」

 やり取りをただ見届け、茫然としていた景真は突然話をふられて我に帰る。

「まだ君には確認すべきことがある」

「……確認……ですか?」

「そうだ」

 その視線には全てを見抜かれているように錯覚する。

 だが、意図がわからず続く言葉を待った。

 

「――ジュストは生きている。そうだろう?」


 会談はまだ、終わらない。




 

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