第二十四話 裏 謁見と交渉 前
「姐さん」
アルヴァン公からの迎えの馬車の中、ガタゴトと鳴る車輪の音に負けないようオウカが少し声を張りコハクに声をかける。
「ゴンドの件だが、幻想薬の流通は水際で食い止められたと報告が入った。あんたらが話してくれたお陰だ」
「……よかった」
コハクが心底安堵したように言う。
「キケロの奴には逃げられたらしいがな。まぁ、今頃人相書も出回って二度とゴンドには出入りできないだろうが」
忌々しげに言うオウカにコハクが頭を下げた。
「ありがとう」
その何の修飾もない感謝の言葉はどこまでもコハクらしいと、景真は思った。
「……よしてくれ。俺は個人的に奴に恨みがあっただけだ。それに、今回の件でゴンドにも貸しとコネができた。次にあそこで商売するのが楽しみだ」
照れ隠しなのか、顔を背けるように馬車の外を見て言うオウカに、コハクと景真は目を見合わせた。
宮殿の車両留めで馬車を降りると、身なりの良いエルフが近づいてきた。
「よく参られた、オウカ殿。お二人がケーマ殿とコハク殿だな。ん? そちらの女性は?」
エルフの目がメノウに留まる。
「ハルラス殿、お出迎え感謝する。こちらは彼らの同行者、メノウ殿だ。彼女の身分は私が保証するので、どうか同席を許可いただきたい」
「なるほど……確認して参るので、しばしお待ちを」
そう言い残すとハルラスは宮殿の方へ向かって行った。
「今の人は?」
「公爵の側近で、今回の謁見の窓口になってくれた方だ。公国の財務を担当している」
「……なるほど、だからルブルム商会とも繋がりがあったってことか」
景真の言葉にオウカが怪訝な顔をする。
「待て兄さん。なんでハルラス殿と繋げてくれたのがルブルム商会だと知ってる?」
「ん? それはマツリカが――」
そこまで言って「しまった」と口を閉じる。
「あいつ……相手が誰であれ情報は安売りするなと何度言えば……」
地雷を踏んだ事に気付き、慌ててオウカを宥める。
「待ってくれオウカ、俺がマツリカに訊ねたんだ。あんまり責めないでやってくれ」
「兄さん、あんまりマツリカを甘やかさんでくれ。……いっぱしの商人にしてくれと頼み込んできたのはあいつ自身なんだからな」
ほんの子供に見えるマツリカもこの世界で生きていくため、茫漠たる未来に道を見出す力を身につけるため行動している。
ふと、写真家になるという夢を諦め、下らないゴシップ記事を書いていた日々を思い出す。
夢を捨て、食い扶持を稼ぎ、ただ生きているために生きている。
そんな失意と無力感の中でもなんとかやってこられたのは、他ならぬ春華のお陰だった。
マツリカにとってのオウカもまた、先の見えぬ道を指し示す道標なのだろう。
しばらくするとハルラスが優雅な足取りで戻ってきた。
「お待たせした。同席の許可が下りたのでこれより宮殿へご案内する」
「感謝する、ハルラス殿」
「なに、そなたらに会うのは公爵閣下たっての希望だ。さ、こちらへ」
ハルラスに連れられ、宮殿の正面へ回る。
真下から見上げたアルヴヘイム宮は正しく圧巻だった。
この世のものとは思えぬほどの大樹に白亜の宮殿が溶け合うように立っている。
これまた巨大な枝葉の隙間から白い尖塔がいくつも生え、調和しており、この大きさでありながら不思議と威圧感を与えない。
尖塔の間を、いつか見たメタリックブルーの鳥が編隊を組んで飛んでいくのを見て、景真は深く嘆息した。
「……近くで見るとほんと凄いな」
「うん。きれい」
コハクも遥か高みからの木漏れ日を眩しそうに手で遮りながら見上げている。
カメラを持ってくればよかったと一瞬後悔したが、こんなところでカメラを取り出して撮影などしたら間違いなく怪しまれるだろう。
「お二方、置いていかれるぞ」
ぽかんと口を開けて宮殿を見上げていた二人はメノウの声で我に帰り、先導するハルラスの後を追う。
宮殿の入り口に当たる巨大な白い門はすでに開かれていた。
五枚の翼、その内一枚が折れたモチーフが刻まれた扉をくぐり、いよいよ宮殿の中へと入る。
内部は巨木の下にいるとは思えないほどの陽光に照らされていた。
見上げた天井は上に行くほど細くなっているためか、実際よりも遥かに高く見える。
上部には贅沢に硝子が使われており、木漏れ日を余すことなく宮殿内部へと取り込んでいるようだが、この光量はそれだけでは説明できないようにも思えた。
階段を上り、大きな扉の前にハルラスが立つとその左右に侍る衛兵が恭しい所作で扉を開く。
左右の扉がゆっくりと、同じ速度で開かれる。
中は大広間だった。
「こちらが会食の場だ。閣下がおいでになるまで、着席してお待ちいただく」
巨大なテーブルに真っ白なクロス。
その上には等間隔に燭台が並んでおり、その光は炎のように揺らがず一定の光を放っている。
「これは……」
「アニマ結晶だな。私たちの拠点でも見ただろう」
物珍しそうに燭台を眺める景真にメノウが解説する。
確かに、あの地下で見たランプの光によく似ている。
「珍しいものなのか? 大体オイルランプだったが」
「珍しいし、高価だ。アニマ結晶そのもの以上にそれを制御する装置がな」
この技術そのものが貴族の特権と化しているのかもしれない。
四人は案内された席に着く。
退室するハルラスにオウカが改めて謝意を述べ、広間は静寂に包まれた。
一人一人の席は雑談するには距離があり、暇を持て余した景真はなんとはなしに部屋を眺めていた。
白を基調に調えられた室内は各所に花が飾られており、全体に美麗ではあるが華美ではない。
壁の一部は大樹の幹がそのまま担っていて、ここが木の上だということを思い出させてくれる。
高度な文化を感じるが同時に、エルフは自然との調和を第一義としているというのも事実なのだろう。
重々しい音が響き、扉が開く。
オウカがすかさず立ち上がり、景真たちもそれに倣った。
五人のエルフたちが広間に立ち入り、その中には先ほど退出したハルラスの姿もあった。
公国の財務を司るというハルラスがいるということは内一名が公爵だとして、他の三名も国の重鎮にあたるのだろうか。
ともすれば、公爵がこの会食の場をどう考えているのかを嫌でも邪推してしまう。
先頭の一際豪奢な服装の男が口を開く。
「アゲントを救った英雄諸君。よく来てくれた」
その声は決して大声ではなかったが、減衰することを忘れたかのように広間に響いた。
オウカがすかさず前に出て恭しく頭を下げる。
「公爵閣下。お初にお目にかかります。サクラ商会代表オウカ、罷り越しました」
公爵は想像よりも、遥かに若々しい外見だった。
地球人で言えば精々三十歳前後だろう。
しかし、長命種の外見年齢があてにならないことを景真はよく知っている。
「そちらの二人が――」
オウカが景真とコハクを手で指すも、公爵がその言葉に割って入った。
「狐族のコハクと、――ワタリビトのケーマだな」
景真の肩が揺れる。
オウカがそこまで話していたのだろうか。
「そう警戒せずともよい。何百年も生きていればワタリビトとそうでない者の見分けなど造作もない。しかし、名乗りを遮ったのは無礼であったな。さあ、名乗られるがよい」
そう促され、コハクと目を見合わせる。
「……ゴンドの、コハクです」
コハクが戸惑いながら名を名乗り、景真もそれに続く。
「景真。明石景真です」
「――アカシ、か」
景真の名を聞いた公爵の顔色が微かに変化したのをオウカは見逃さなかった。
公爵が上座に着き、両手を掲げる。
「さあ座ってくれ。積もる話は食事をしながらとしよう」
歴史の分水嶺となる、その可能性を秘めた会食が静かに始まった。




