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第二十三話 表 焼尽


 星雲救世会三号施設地下駐車場。


 蛍光灯がまばらに照らす薄暗い空間を一対のライトが切り裂きながら侵入する。

 ドアを開き地に足をつけると嫌に足音が響いた。


 見計らったかのようにスマートフォンが鳴る。

 いや、見られているのだろう。

 周囲を見渡すとすぐ数台の監視カメラを発見できた。


 「ようこそお越しくださいました。歓迎いたしますよ、一ノ瀬遼さん。そのまま、そこでお待ちください」

 北畠の声に違いない。

「芹澤さんは、無事なんですね?」

「それはお約束します。もっとも、あなたがおかしなマネをしない内は……ですがねェ」

 一方的に通話が切られる。


 地下駐車場に静寂が満ちる。

 待っていたのは僅かな時間のはずだが、遼にはそれが一時間にも二時間にも感じられた。


 不意に、視線の先で扉が左右に開き、その向こうから光が漏れる。

 逆光の中、エレベーターの中から現れたのは北畠と五人の黒服、そして両手を縛られ目隠しをされた芹澤茉由だった。


 「お待たせいたしました。……おやァ、お一人ですか? ワタクシ、三人で来るよう言ったつもりでしたが伝わりませんでしたか」

 北畠が片眉を釣り上げて言う。

「あなたの目的は”鍵”でしょう。ならば、私だけで問題ないはずだ」

「……まァいいでしょう」

「一ノ瀬!? 一ノ瀬なの?」

 茉由が必死の声を上げる。

「黙れ!」

「きゃっ!」

 黒服の一人が後ろ手に縛られたロープを引き、茉由の体が地面に叩きつけられる。

「……彼女への手荒な真似は遠慮願いたい。私は逃げも隠れもしない」

 前へと駆け出す衝動を抑え込み、深く呼吸して言う。

 怒りに身を任せないために。

 

 「ワレワレに同行いただけるのであれば、彼女はすぐに解放いたしましょう」

「同行? さっさと”鍵”とやらを奪えばいいでしょう」

「ここではできないんですよ。専用の設備がいるのでね」

 北畠が顎で指示すると黒服が二人、拘束具を手に遼へ迫る。


 “鍵”は奪われ、遼も用済みとなれば消されるだろう。

 そうなった時、同じく用済みの茉由を素直に解放してくれればいいが、果たしてどうだろうか。

 

 黒服の内、少なくとも二人は拳銃で武装している。

 抵抗したとて勝ち目は万が一にも無い。

 ならばやはり大人しくこの身を差し出し、存在するかわからない北畠の温情に期待するしかない。


 覚悟はできている。

 だからこそ、ここに一人で来たのだ。


 黒服が遼の腕を掴んだその刹那――眼前を黒い影が赫い風を纏い横切った。


「ギャァァァァア!!」

 北畠の左右に侍り、拳銃を手にしていた黒服のその手首が鮮血を撒き散らしながら拳銃ごと宙を舞う。

 それを為した黒い影は次の瞬間には後ろで茉由を取り押さえていた男の目の前に立っていた。

「な……」

 男は何が起こったのか理解できぬまま立ち尽くす。

 反応する間も無く男の体はドッと鈍い音を残してエレベーターのドアに叩きつけられた。


 男が歪んだドアの下にぐにゃりと倒れるのを見届けてから瞬きした目を開くと――


 肥え太った腹から剣が突き出し、血を流す北畠の姿があった。

「す……鈴木……がっ」

 背後を振り返り、声を絞り出す。

「……警告したはずだ。勝手な真似はするなと」

 低い声が響き、腹から突き出ていた剣が抜かれるとその身体は自らの血溜まりの中、仰向けに倒れた。

「ひっ――」

 遼を拘束しようとしていた黒服たちはその場に拘束具を放り出して逃走する。


 北畠の背後から現れたのは、あの赤髪の男だった。


 「……なぜ私を助けたんです?」

 刃に付いた血を布で拭う男に問う。

「お前を助けたわけではない。この男は命に叛いた。その代償を払わせただけだ」

「二十七年前、幼い私たちを隠すよう父に言ったのもあなたですね?」

「……人違いだ」

 赤髪の男は剣を鞘に納めると、遼に背を向ける。

 

 そんなはずはない。

 この男はいつでも遼たちを捕えられたはずなのにそうしなかった。

 そして遼には一つの確信があった。

 

 赤髪の男はこの世界の人間ではない。


 その男が教団に属しながら遼たちを守る理由。

「あなたは母と……()()()()と関わりがあるのではないですか?」

 考えられるのはこの可能性だけだった。


 「……五日後、富士山麓の六号施設に狐族の巫女と共に来い。そこで全てを終わらせる」

 男は遼の問いには答えず、それだけ言い残すと足音も立てることなく去った。


 「一ノ瀬……? 何が起きたの?」

 呆然とその背を見送った遼は、茉由の声で我に帰る。

 その声の元に駆け寄り、身体を抱き起こした。

「芹澤さん。怪我はありませんか?」

「……大丈夫、多分」

 手首にかけられたロープを解き、目隠しに手をかけたところで躊躇する。

 この惨状を見せるべきではない。

 すでに辺りには血の匂いが立ち込めているが、やはり目の当たりにした際のショックは計り知れない。

「なんで手をかけたまま固まってんのよ」

 茉由はそう言うと、遼が止める間もなく自ら目隠しを取り去ってしまった。

 

 「うわ……」

 目の前に広がる血溜まり、転がる手首、――死体。

「これ……一ノ瀬が……なワケないか。はは、映画とかで慣れてるつもりだったけど、やっぱこれは……」

 なんとか笑みを作ろうとしているが、その顔は真っ青だった。

「すぐここを離れましょう。立てますか?」

 

 ガチャ。

 背後で、するはずのない小さな金属音。

 ゾッ――と総毛立つ。

 

「遼ッ!!」

 茉由が悲鳴のような叫びを上げ遼の体を突き飛ばす。

 

 パン、と乾いた音が地下の空間に響き――遼に被さるようにして茉由の身体が倒れた。


 後頭部が熱い。

 何が起きたのか理解できない。脳が理解を拒んでいる。

 のしかかる茉由の身体を支えた手には、生温かいぬるりとした感触。


 確かに手の中にある茉由の存在が希薄になっていくよう錯覚する。


 音がした方を振り返る。

 

 そこには仰向けのまま拳銃をこちらに向け、凄絶な笑みを浮かべて絶命している北畠の姿があった。

 

 

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