第二十三話 裏 二つの世界の狭間で 後
オウカに連れて来られたのは、宮殿と見紛うほどの立派な宿だった。
外観も内装も白で統一され豪奢な調度品で完璧に調えられている。
オウカはその中を堂々と歩き、階段を上り、ある部屋の前で立ち止まると鍵を取り出した。
ドアを開き、三人を中へと招き入れる。
そこに広がっていたのは、正しく王族の寝室だった。
「アゲントの宿が霞むな……」
ぽかんと口を開けて高い天井を見上げていたコハクもこくこくと頷く。
メノウに至っては宿に足を踏み入れた時からずっと絶句していた。
「勘違いしないでくれ。これは儲かったからでも図に乗ってるからでもないぞ。……貴族と付き合うとなると色々面倒なんだ」
弁明のようにも聞こえたが、その声には疲労の色が滲む。
「商人連中と腹の探り合いをしてた方が遥かにマシだ」
オウカはそう言うと、玉座の如き椅子にどっかと腰掛け、重厚なテーブルを挟んだソファーに座るよう促す。
「で、だ。朝から俺のところに来たのには事情がある。しかも退っ引きならないやつが」
景真は膝の上に置いた拳を握る。
その中でじわりと汗が滲んだ。
「……単刀直入に言う。俺たちも公爵に会わせてくれ」
意を決して言うと、オウカは拍子抜けしたように目を丸くしている。
「そんなことか。――そもそも俺が謁見を取り付けたのもあんたらが同席するのが条件だった。だから今日、使いを寄越す予定だったんだ。マツリカだけどな」
公爵が景真たちに会いたがっている、ということだろうか。
これは願っても無い話だったが、とは言え公爵に要請する内容がオウカのそれと競合することに変わりはない。
「あんたらは公爵に何の用だ?」
オウカの目が景真の腹の中を探るように鋭く光る。
「それは……」
「俺が公爵に謁見を取り付けたことをあんたらが知るはずがない。なのに今日、あんたらは迷いなく俺の所にやって来た。それに――」
その視線がメノウに向く。
「あんた、見知らぬ顔だが只者じゃあないな」
メノウは一切動じずその目を見つめ返している。
いずれにせよ、目的を隠し通すことなど叶わない。
「オウカ、俺たちは公爵に軍を動かすよう要請するつもりだ。異端者と、戦うために」
「……俺が何をしに行くかは?」
「アゲント復興のための人員派遣要請だ」
オウカは深く息を吐く。
「それを知りながら、あんたらはそれを通そうと言うんだな」
その声は静かだった。
だが、確かな怒気を含んでいる。
「オウカ、俺たちは――」
「あんたらが救った命が助けを待ってる。このまま手をこまねいていればすぐに冬が来る。そうなれば家を失った難民たちは少なからず死ぬ。それを見殺しにしろと言うならなぜあの時救った?」
返す言葉も無かった。
全部わかっていたことだ。
オウカが難民のために動いていることも、オルフェナを倒すという目的がこの世界で歓迎されるはずもないことも。
唯一、ネビュラ救世教とそれと一体のフォボス商会は脅威足り得るだろう。
それでも、「すぐに倒さなければ世界が滅ぶ」というような喫緊の脅威ではあり得ないのだ。
救世教に囚われているであろう春華の救出。
地球に顕現して人類を管理せんとするオルフェナの野望の阻止。
どちらもこの世界の人間にとって、文字通り無関係な話なのだ。
「オウカ」
沈黙を破ったのはコハクだった。
「オウカの言うことは正しい。私たちにはアゲントの人たちを助けた、その責任がある。それでも――」
その手が、膝の上で握りしめた景真の拳に重ねられる。
「もう前に進むしかない。勝手なのはわかってる。けど、異端者を倒さないと取り返しのつかないことになる」
これは事実だ。
ただし、取り返しのつかない事態に陥るのはこの世界ではない。
「それは、未来を視たのか?」
「……そう」
尻尾の先端が小さく震えている。
これは嘘だろう。
それは景真が知る限り、初めて聞くコハクの嘘だった。
そしてその嘘は、景真のために吐かせてしまった嘘だ。
慚愧の念が湧き、今すぐコハクに謝りたかったがそれを堪える。
オウカが天を仰ぎ、長く息を吐く。
「……勝算は?」
「我々の組織が聖堂騎士団の応援を取り付けている。そこに公国軍が加われば勝機はある」
「あんたらの組織?」
「『第三の翼』だ」
「……聞いたことがないな。兄さんたちもその組織に?」
「いや……俺たちは目的が一致してるだけだ」
何かを見極めるようにオウカの視線が三人の間を行き来する。
「いいだろう。ただし、アルヴァン公直属の騎士団だけだ。一般兵や人足はこちらに回してもらう。もっとも、それを決める権限は俺には無いが」
「十分だ。……無理を言ってすまない」
立ち上がり、手を差し出す。
「言っただろう、損得勘定など不要だと。あんたらの真の願いが何かは知らんし、聞くつもりもない。それでもそれが叶うことは願っている」
オウカも立ち上がり、その手を強く握り返した。
「この後、夕刻に宮殿へ向かう。馳走が振る舞われるだろうから腹は空かせておけ。しかし――」
オウカが手にしたグラスに瓶の酒を注ぎながら言う。
「姐さんは嘘が下手だな。商売には向いてなさそうだ」
そう指摘されたコハクは尻尾の毛を逆立て、顔を真っ赤に染めた。
その様子に、景真は心の中でコハクに謝罪を繰り返した。




