ヘスペリデスとラードーン
ここはヘスペリデスの園。
黄金の林檎のなる木を百頭怪獣ラードーンとニンフのヘスペリデス姉妹が協力して守っている。
その大変貴重な黄金の林檎は女神ヘラが植えたものだ。
元はと言えば、大地の女神ガイアからゼウスとヘラの結婚祝いの品として贈られたもので、厳密に言えば夫婦の共有財産なのだが…。
※
「今日は持ってきましたからね、ヘラ様からの命令書」
「……」
「ほーらほーら」
「……」
「なんとか言ってくださいよ~。この前のでかい態度はどうしたんですか~」
「……」
「この命令書が目に入らぬか! 頭が高い、控えおろう! なーんてね~」
翼の生えた帽子、翼の生えた杖、翼の生えたサンダルと有翼3点セットを装備した軽そうな男が封書をひらひらと振っている。
門を警備するヘスペリデスは無言で封書を奪い取った。
男を見る目は氷のようだ。
封を切って中身に目を走らせたヘスペリデスは短く告げた。
「ここで待て」
「おっと、偽物つかまされちゃ困るんでね。直接木から取らせてもらいましょうか」
男が押し入ろうとするのを他のヘスペリデス達が槍を交差させて防ぐ。
「汚い足で踏み荒らそうったってそうはいかないわ!」
「あんたが入ったら庭が汚れる」
「木が腐っちゃうわよ!」
「はあ~? あんたら誰にもの言ってんの? こうみえても神様だよ俺は。たかがニンフが槍なんか向けてただで済むと…あ、痛い、やめなさいってマジで痛いってば」
※
喧騒を後にして、ヘスペリデス姉妹の1人ヒュギエイアは果樹園の奥にある黄金の林檎の木の前に立った。
「ラードーンよ、これを見てくれ。ヘラ様からの書状だ。林檎を一個くれてやれねばならない」
大気を震わす咆哮が響く。
「おまえの不満はもっともだ。私だってあんなやつに林檎を与えたくはない。だがヘラ様のご命令なのだ。書状を読んでやるから聞いてくれ」
ヒュギエイアはおもむろに命令書を読み上げた。
『この手紙を持参したバカに黄金の林檎を一個だけ投げつけてやんなさい。なるべく形が悪くて小粒なのをね。傷物だったり虫食いだったらなおいいわ。文句言うようなら殴りなさい。私が許す』
「……と、このように仰せだ。わかるな、ラードーン」
先ほどよりは少し大人しい音量で咆哮が返ってくる。
「よーしよしよし、いい子だな、ラードーン。ではご命令の通り、なるべく小粒で傷物で虫食いで未熟な果実を選ぼうではないか。といっても我らが大切に世話しているから傷も虫食いもないよなあ。困ったなあ」
同意するように咆哮が轟く。
「ああ、ではこうしよう。そこのキウイフルーツくらいの大きさの極小粒の未熟な果実をとってくれ。そう、それだ。これをこうして」
ヒュギエイアはその場で高くジャンプして黄金の林檎を地面に思いきり叩きつけた。
「ダンクシュート! かーらーのー、プレースキック!」
ヒュギエイアは地面に転がった黄金の林檎を足でキックした。
それをラードーンがぺい、と叩き返す。
「ナイスレシーブ!」
バスケもサッカーもバレーもごちゃまぜで、ヒュギエイアとラードーンはあの手この手で林檎の実を傷めつけた。
つばを吐きかけたり、踏みつけたり。
それでも潰れもしないのだが。
黄金の林檎は皮が異常に硬かった。
※
「そら、持っていくがいい」
「投げることないでしょう。態度悪いなあ。それになんだかこの林檎、微妙に汚れてるっていうか、訳アリ商品みたいな感じが」
「文句があるなら返せ」
「もらうよ、もらいますよ。これ持って帰ればいいんでしょう。ったく傷物寄こしやがって。絶対わざとだろ」
「用事が済んだら帰れ」
「おーおー、ご挨拶ですねえ、それが客へのお見送りですかねえ」
「貴様は客ではない」
「あのねえ、いい加減にしなさいよ? 神々の血を引いてるからってあんたらは神じゃないんだから」
「うるさい、さっさと帰れ」
「まったく可愛くねえなあ。そんなんだから結婚できないんじゃないですかあ? 同じ姉妹でもプレアデスさんとこやヒュアデスさんとこはとっくに結婚して家庭を持ってますよ。あんたらだけですよ親戚の中でいい歳して独身なのは」
「帰れと言っている」
「へいへい、帰りますよ。お邪魔でしたー」
「二度と来るな」
ヘスペリデスたちが塩をまく。
※
「今日はご苦労だったな、ラードーン」
低い唸り声。
「私もおまえに食べさせてやりたかったが、あのカスは腐っても神だから食べると食あたりするかもしれん」
少し高い唸り声。
「まったくもって不愉快な男だ。あんなカスしかいないから我々姉妹は独身なのだ。お父様のような優れた男がそんじょそこらにいるわけがないけど、はあ…」
ブレスを吐くような音。
「慰めてくれるのか? おまえはいい子だな」
わしわしとラードーンの頭をなでるヒュギエイア。
百個もあるから全部なでるのは大変だけど。
ヘスペリデスとラードーンはいつも仲良し。
そしてクソジジイのパシリはいつも感じ悪い。
作中で「カス」とか「クソジイイのパシリ」とかボロクソに言われている彼ですが、ぶっちゃけヘルメスです。神話では、ヘルメスの母親はアトラスの娘の1人で、ヘスペリデス姉妹の異母姉に当たります。なので本作でも、ヘルメスから見るとヘスペリデス姉妹は母方の叔母です。年齢的には同世代っぽいですが。ヘスペリデス姉妹から見たヘルメスは「年の離れた異母姉の産んだ子。小さい頃は問題児。大人になってからは上司の威を借る嫌な奴」です。元々の神話でもトリックスター的な性格の神なのですが、本作では更に小悪党っぽくなり威厳ゼロ。独身の叔母ちゃんたちを煽りまくる口の悪い甥っ子です。




