プロフェッショナルなヘスペリデス~気づいた時はもう遅い~
ここはヘスペリデスの園。
オリンポスの神々の女王ヘラが植えた黄金の林檎のなる木が生えている場所だ。
黄金の林檎を守っているのは百頭怪獣ラードーンとヘスペリデス姉妹。
ヘスペリデス姉妹はニンフ(ギリシア風妖精)である。
ニンフであるからには、見た目は人間そっくりだが、中身は人間ではない。
ある日のこと、ヘスペリデス姉妹のうちの一人が番をしている門前に薄汚れた人間がふらふらと歩いてきた。
「……人だ、人がいる。やった、助かった」
「何者だ」
「遭難者です。飲まず食わずで歩き続けてたんです。飲み水を分けてもらえませんか」
「救助義務はないが、水だけでよければくれてやろう。そら、この革袋の水を飲むがいい」
「ありがとうございます。……ぐっ、ぐっ、ぐっ。ぷはー。五臓六腑に染み渡る。おかげで生き返った気分です」
「そうか。ならば立ち去れ」
「えーっと、心苦しいのですが、空腹も限界でして。何か食べるものを分けてもらえませんか」
「なんでもいいのなら、このドライフルーツと塩味ナッツ詰め合わせをくれてやろう。好きなだけ食べるがいい」
「どう見ても酒のつまみですが、ありがたくいただきます。(カリコリパリポリ)いけますね。レーズンの糖分とカシューナッツの塩味の組み合わせがなんともいえず酒があったら最高です」
「そうか。ならば立ち去れ」
「重ね重ね心苦しいのですが、遭難者なもので、帰り道がわかりません。たとえ目指す方角がわかったとしても、疲労困憊で歩けません。どうか一晩泊めてもらえませんか」
「園内への立ち入りは許可できない。侵入者は排除する決まりだ」
「そこをなんとか。中でなくても、門の外でもいいので」
「門前で寝泊まりされては目障りだ。立ち去れ」
「いえ、門の前でなくてもいいのです。その辺の塀の横とか木の下とかでけっこうです。ご迷惑はおかけしませんので」
自称:遭難者は門番のヘスペリデスに頼み込み、門の中へ立ち入らないことを条件に、一夜の滞在をもぎとった。
そしてその夜。
自称:遭難者はひそかに動き出した。
夜警のヘスペリデスの目を盗み、塀の横手に回り込んで鉤縄を投げる。
門は警備されていても横手に回れば死角は多い。それは昼間のうちに確認済みだ。
「悪く思うなよ、心優しいヘスペリデスのお嬢ちゃん。親切には感謝するがこれも仕事なんでね」
自称:遭難者はそう嘯いて塀の内側に侵入した。
遭難者を装って門番に近づき、下見を済ませ、夜中になってから侵入する、プロの仕事である。
目的のブツを探そうと一歩前に出たその時、激しい衝撃が彼の体を貫いた。
自分の胸に生えている槍の柄を、侵入者は信じられない顔で見つめる。
「なんで……?」
「悪く思うなよ。これも仕事なのでな」
その声は昼間に水と食べ物をくれた、口調が固い割に行動が親切な門番の……。
あの甘っちょろい女が、なぜ……?
「侵入しない者は殺さない決まりなのでな。長居されると鬱陶しいと思ったが、早々に尻尾を出してくれて助かったよ。冥府に行ったらケルベロスによろしくな」
喉に当てられた刃物が勢いよく引かれるのを一瞬の熱さとして感じながら、侵入者は最期に思った。
『こいつ、プロじゃん…』
みくびるんじゃなかった、と後悔しても、もう遅い。




