神話大戦
ここは新潟県の佐渡ヶ島。
有名な佐渡金山を始め、観光スポットが豊富な島である。
たらい船でどんぶらこっこと揺られるもよし、砂金探しに興じるもよし。
トキを見物する観光客の、
「トキって日本の国鳥だよな」
「えっ、国鳥はツルでしょ?」
(キジです)
といったほのぼの会話が日常的に聞こえてくるはずの長閑な島は、現在ただならぬ緊張感に包まれていた。
新潟沿岸で怪物テュポーンと銀色の巨人たちが闘っているのだ。
その戦いは笹川流れから徐々に移動し、じわじわと佐渡に接近しつつあった。
『上陸するなよ、するなよ……』
『政府は何をやってるんだ』
『お願い、こっちにこないで』
『神様、どうか守ってください』
島民たちの祈りは届くのだろうか。
※
一方、日本政府は何もしていないわけではなかった。
総理大臣が戒厳令を発動。
大規模な避難誘導と首都機能移転。
東京都を中心に広範囲に規制が敷かれ、立ち入り禁止となった。
自衛隊からも偵察機や戦闘機が出動し、ミサイルも撃ち込まれた。
しかしテュポーンには何の痛痒も与えられず、現場の自衛官は騒然としていた。
「長距離誘導弾が当たったのに平然としてるって何なんだよ!」
「よろけもしなかったな」
「せめて空飛べよ! 飛んでたら撃ち落としてやるのに!」
「あの巨体なら相当な墜落ダメージが期待できるのにな。残念ながらひたすら地面を移動してるんだよなあ」
「病院も学校も保育園も踏みにじっていくとか、鬼か!」
(テュポーンです)
「俺の幼馴染がさー、こないだ家買ってさー、ローン25年だとか言ってたのに、もうそこ立ち入り禁止なんだよ」
「気の毒に……。だが俺の嫁の実家も似たようなものか。二世帯住宅に建て替えたばかりだったが、やつの進路に近くてな。……もう無いかもしれん」
「畜生、俺たちには家を持つことも許されないのか! やつは鬼か!」
(テュポーンです)
「私語はそのくらいにしておけ。現実問題として倒せないなら、日本から追い出すことは可能だろうか?」
「そうだ、追い出しちまえ! 鬼は外!」
(繰り返しますが、鬼ではなくテュポーンです)
※
一方、プロメテウスの家では。
ヘスペリデス姉妹がテレビ観戦を続けていた。
「そこだ、行けっ! ……あー、外した」
「おじさんたち押されてるね。最初は陸地で戦ってたのに、今は脛まで水に浸かってて動きにくそう」
「テュポーンって水に浮くのかしら? なんとなく浮きそうな形してるけど」
「触手が浮き輪みたいに見えるんだよね~」
楽しげに観戦する姉妹から少し離れて、不和の女神エリスはどこかに電話をかけていた。
「あ、エコーちゃん。無事に着いた? そう、良かった。うん、それで? ティターンたちの戦いっぷりを生配信で観戦中? ったく、どいつもこいつも。あのね、あいつらで勝てるわけないでしょ。兄の方は学者タイプだし、弟の方は間抜けだし。戦闘センスないんだから、多少足止めできれば御の字よ。だから決定打が必要なのよ。ズバーンと一発かまして、テュポーンを弱らせるような攻撃力が欲しいわ。ゼウスの雷みたいなドデカい一発……ああ、来たみたいね」
エリスはテレビ画面に目をやった。
そこにはテュポーンの触手に絡めとられながら果敢に応戦するティターン兄弟と、彼らに向かって猛スピードで接近する小さな影が映っていた。
※
そして新潟県日本海沿岸。
二人のティターンは苦戦していた。
「兄さん、こいつ重たいよ~」
「弱音を吐くな。なんとかして陸地へ押し返すんだ」
「だけど触手が邪魔だし、足元が砂で踏ん張りが効かないし」
「ひっくり返してしまえばいい。上下逆さにすればすぐには起き上がれない。その間に陸地へ押し戻す」
「言うのは簡単だけど~」
「がんばれ。パンドラが海岸で待ってるんだ。ある程度弱らせて、箱の効果範囲まで近づいて動きを止めれば、再封印できる」
「やるのは大変なんだよ~。……あーっ、ほどけない、兄さん助けて」
「何をやってるんだ、お前は……」
テュポーンの触手に絡めとられて身動きできなくなったエピメテウス。
プロメテウスが救助に向かうが、思うようにいかない。
テュポーンはこの兄弟を敵と認識していた。
仇敵ゼウスとどこか似た気配を持つ巨神族。
それが清掃活動を邪魔してくるとなれば、これは地球の敵、テュポーンの敵に違いない。
……邪魔はさせぬ。
空が震えているのだ、地球が泣いているのだ。
崇高な使命を妨害するものは許してはおかない。
触手で雁字搦めにしたティターンを爪で引き裂いてやろうとした、その時。
猛スピードで接近してきた小さな影がテュポーンと獲物との間に割り込んだ。
光る刃が一閃、獲物に巻き付いていた触手を切り落とす。
……斬られた、だと?
割り込んできたものは人間サイズ。
だが仮にも女神ガイアによって生み出された最強の怪物テュポーンの体が、たとえ触手の一部であろうと人間ごときに傷つけられるはずがない。
ならば触手を切り落としたのは神か、英雄か?
テュポーンはその小さなものをまじまじと見つめた。
大きさは人間と同じほど、姿かたちも人間に酷似している。
一振りの刀を手にしたその神は不敵に笑った。
「異国の妖怪よ、天羽々斬の味はどうだ? ちと遅くなったが、素戔嗚、見参! 久々に遠呂智退治といくか!」
天羽々斬:八岐大蛇を退治した時に用いられた鉄剣の名前。別名「天十握剣」、「蛇之麁正」、「蛇之韓鋤」など様々な呼び名がある。八岐大蛇の尾を斬った時、オリジナルの鉄剣は中から出てきた天の叢雲の剣に当たって刃先が欠けたはずなので、今回持ってきたのは同じ名前の別の武器。後世の刀匠が作った日本刀と思われる。
素戔嗚:古事記では『須佐之男』、日本書紀では『素戔嗚』と漢字表記に違いがあるが、発音は同じ『スサノオ』で同一人物。日本神話界トップクラスの暴れん坊。やんちゃが過ぎて高天原を追放されるも、追放先の出雲で超大型モンスター・八岐大蛇を退治したドラゴンスレイヤー。鉄剣を実の姉に噛み砕かれたり、八岐大蛇の尻尾刻んでたら折れたりと、何度も武器を壊して新しいのに取り替えている。




