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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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進撃するテュポーンとプロメテウスの苦悩

 ここはタルタロス。

 ギリシア神話に登場する異界の一つである。

 太陽の光が届くことのない極寒の地と言われ、旧世代の神々の多くがここに幽閉されているということになっている。

 不老不死のティターン神族はタルタロスの厳しい環境をものともせず、巨体で寒冷地に適応し、それなりに日々楽しく暮らしていた。


 そんなある日、タルタロスに見慣れぬものが出現した。


 雪と氷の大地に突然出現したその物体は、蟻塚に似ているが、質感が硬質で、妙に均整の取れた形状をしている。

 ティターンの一人、イアペトスはその物体を観察しようと近づいた。

 近くに寄ってみると、全体的にはきちんと計算された立方体に近い形をしていて、四つの角は直角、規則正しい配列で窓と思われる構造物がある。

 側面には装飾が施され、ティターンの様式とは異なるが、人工的な建築物、すなわち神殿の一種ではないかと思われた。

 ただしティターンからすると玩具のように小さいサイズなのだが……。


 誰の作品か知らないがよく作ったものだ、としげしげと眺めていると、中から小さなものが飛び出してきた。

 イアペトスの小指ほどのサイズのそれは、二本の腕を振り回し、何かを叫んでいる。

 これは……何千年ぶりかに見るこの生き物は……。


「……人間だ!」


 驚愕するイアペトス。

 奇妙な衣服を身につけているが、それは息子プロメテウスが可愛がっていたあの小さな生き物、人間ホモサピエンスに違いない。

 ふと気づくと人間は一人ではなかった。

 神殿の一種と思われる建築物から次々と出てくる。

 建築物の内部に多数の人間が入っているようだ。


「なんということだ! おーい、ヒュペリオン、大変だ! 人間がいるぞ!」


 イアペトスは仲間を呼びに走り出した。

 この極寒のタルタロスで、か弱い人間がどれだけ生きられるのか。

 早く保護して温めてやらねばならない。


「急がないと人間たちが凍死してしまうぞ。ヒュペリオン、おまえの光と熱が必要だ!」


 その後ろ姿は例えるなら、孫が金魚すくいで取ってきた金魚を見て慌てて水槽とポンプを探しに駆け出す祖父のようだった。







 その頃、プロメテウスの家では。


「この家テレビあったんだね~」

「韓国ドラマも映るのかしら?」


 ヘスペリデス姉妹がお茶を片手にテレビの前のソファを占領していた。

 テレビには緊急ニュースが映し出されている。

 画面の中では、白いヘルメットを被ったレポーターがカメラに向かってしゃべっている。


『ご覧の通り、東京都心が更地になってしまっています。謎の巨大生物、その姿かたちが神話に出てくる怪物とよく似ているので、仮の名称としてテュポーンと名付けられましたこちらの怪物ですが、テュポーンの通った後はこのようにビルが無くなり、瓦礫さえ残っていません。ビルの中にいた人たちはいったいどうなってしまったのでしょうか』


 映像が切り替わる。


『こちらスタジオです。さきほど東京スカイツリーが消失する映像が流れました。都内全域に広域避難指示が出されています。我々、さいたまテレビもいつテュポーンに更地にされるかわかりません。我々は電力が続く限り、ぎりぎりまで報道を続けます。中継車のみなさん、危ないと思ったらためらわずに逃げてください。一般視聴者のみなさん、危険ですので外出を控えてください。続いてドローンからの映像です。いかがでしょうか、コメンテーターの宮崎さん』


 画面の中では、湾岸から西へ進んだテュポーンが横浜から千葉へと北上を開始していた。


『こうして見ると、建物が壊されているというより、まるごと吸い込まれているように見えるんですよね。建物の方が体積が大きいのにどうやってるのか物理的には謎なんですけど、カメラで撮影されてる出来事を目に映るままに判断するならば、あの怪物の腹の中に収納されてるんじゃないんでしょうか。掃除機が吸い込んだゴミみたいに』


「ねえ、グレぴ。あれって門を通して異界に飛ばしてるように見えるんだけど」

「だよなー。人間にはそれがわからないんだろうなー」


 ヘスペリエーとアイグレーもすっかりくつろいで、スナック菓子など摘まんでいる。


「ではテュポーンが吸い込んだ人間たちは死んではいないんだね?」

「うん、ランダムな異界に転移させてるはずだよ」


 エピメテウスの返事を聞いて、プロメテウスはハーッと深く息をついた。

 エリスはそんな安堵の息を漏らすプロメテウスを鼻で笑った。


「ハ! 転移だから安心だと思ったら大間違いよ。いっそ一思いに殺してあげた方が楽だったかもしれないわね」

「そんな悲観的なことを言わないでくれないか」

「甘いわね。異界なんて星の数ほどあるのよ。たとえばヘスペリデスの園に転移したらどうなるかしら?」

「それは……」


 押し黙るプロメテウス。

 エリスは意地悪そうな笑みを浮かべた。


「あんたの姪っ子たちが見つけ次第、皆殺しよね。他にも危ない異界が山ほどあるんだから。オケアノスの大洋に飛ばされたら間違いなく溺死でしょ。タルタロスの寒冷地獄なら凍死。どこにどれだけの人間が飛ばされたか。大変ねー。どうやって回収するのかしら。私には想像もつかないわ」


 煽るだけ煽ってからエリスは表情を改めた。


「オリンポスは動かないわ。今動けるのは、あんたと私とそこの間抜けだけよ。自衛隊や米軍じゃテュポーンは止められないわ。こうしてるうちにも犠牲者は増えてく。どうするの、プロメテウス?」







 その頃、エレボス(地下世界の入り口付近)にあるエリスの実家では。


「誰なの、うちの庭先に動物を捨てたのは!」


 夜の女神ニュクスが自宅の玄関先に不法投棄された『上野動物園』に柳眉を逆立てていた。

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