エピメテウスとパンドラ再び
ここは日本の山奥にある一軒家。
プロメテウスがペットのオウムと共に暮らすコテージ風の家である。
普段は静かな一軒家の空気が珍しくざわついていた。
玄関で何やら大勢が騒いでいる。
プロメテウスが玄関で応対しているが、若干ピリピリした雰囲気だ。
エピメテウスとパンドラが客としてもてなされている応接間まで、その喧騒は聞こえてきた。
「なんだか取り込み中みたいだね」
「私たち、お邪魔なんじゃない?」
ソファに座ってコーヒーを飲んでいたエピメテウスとパンドラが顔を見合わせる。
ここは兄プロメテウスの家なので、来客があるなら弟夫婦は退散すべきかもしれない。
荷物をまとめて立ち上がろうとした、その時。
「逃げようったってそうはいかないわよ!」
スーツ姿の女性がずかずかと上がり込んできた。
そのままの勢いでエピメテウスの胸ぐらをつかむ。
「デスク、キャビネット、シュレッダー、何百件もの浮気調査のファイル、苦労して築き上げてきた私の聖域を、よくも更地に変えてくれたわね! 覚悟はできてんでしょうね!」
「ぼぼぼ、暴力反対」
エピメテウスの胸ぐらをつかんで揺さぶっているのは、言わずと知れた私立探偵不破エリカこと不和の女神エリスである。
「キャー! 誰よ、この暴力女。エピくんを離しなさいよぉ!」
夫を助けようとパンドラがエリスに掴みかかる。
エリスはギロリとパンドラを睨んだ。
「私が誰かですって? 知らないなら教えてあげるわ」
エリスはエピメテウスをポイっと投げ捨て、パンドラに向き直った。
「私はね、エリスっていうの。古代ギリシアじゃちょっとは知られた女神よ。め・が・み。わかる?」
エリスはいきなり片手でパンドラの頭をわしづかみにして持ち上げた。
意外な怪力である。
「お前ごときとは格が違うのよ! 恐れ敬え、伏して崇めよ。誰が暴力女だ、この人類初のバカ女がー!」
「いたたた、痛い、痛い。嫌ぁ~、離して~」
「パンちゃんをいじめないでください!」
「お黙り、この神話に残るバカ男が! 何がいじめよ。これは正当な報復よ。私は被害者だ、百倍にして返してやる!」
宙づりにされて泣き声を発するパンドラ。
救出しようとするエピメテウス。
激高するエリス。
応接間は大混乱である。
「そのくらいにしてやってもらえないか。一応、弟なので」
「エリリン、ちょっと落ち着こうぜ。百倍返しなんてやりすぎだろ。今どきは『目には目を』っていって、等倍返しなんだぞ。テミちゃんがそう言ってた」
プロメテウスとアイグレーが割って入る。
続いてヘスペリエー、リパラー、アステロペーの三人もぞろぞろと入室する。
「あ、エピメテウス叔父さんとパンドラ叔母さん。こんにちは」
「パンドラさん、慎ましやかなプチプラファッションがお似合いね。センスが良くて羨ましいわ。私そういうの似合わなくて。ホホホ。お二人ともお元気そうで何よりですわ」
「もうすぐ元気じゃなくなりそうなんだよね~。とりあえずエリス、パンドラの頭を離そうか~。握りつぶしたら事情聴取できなくなるからね~」
「……ちっ!」
エリスは忌々しそうに舌打ちして、手を離した。
ぽてっと床に落とされ、急いでエピメテウスの腕の中に逃げ込むパンドラ。
エピメテウスとパンドラは、ひしと抱き合って不安そうに周りを見回した。
「プロメテウス兄さん、なんか僕たち咎められてる気がするんだけど、なんでなの?」
「……まず、そこに座りなさい」
※
「……まとめると、こういうことだね。パンドラの箱にテュポーンを入れて、二人で東京まで飛行機に乗って持ってきた。新宿で箱を開けてテュポーンを出した」
「うん、そうだよ」
プロメテウスは深くため息をついた。
エピメテウスは何も悪いことをした意識はないらしく、無邪気な視線を兄に向けている。
パンドラは宙づりにされたことを忘れたように、エピメテウスと並んでソファに座り、出されたロールケーキを美味しそうに食べている。
そんな夫婦をエリスとヘスペリデス姉妹が取り囲んで微妙に圧をかけている。
特にエリスの圧は強い。
「なるほど、手口はわかったわ。あの箱だったら体積も質量も無視できるし、およそ災いと名の付くものなら何でも入れておけるものね。思いついた奴は頭がいいわね。絶対にこの二人には思いつかない方法だわ。指示を出したのは誰? 素直に白状するなら損失補填及び遺失利益の賠償プラス慰謝料で済ませてあげるわ」
「落ち着けってばエリリン。コーヒー飲むか?」
「エリリン言うな。もらうけど」
アイグレーにコーヒーを手渡され、渋々口を付けるエリス。
その視線はパンドラに向かい、そらされることはない。
プロメテウスは弟を懇々と諭している。
「そんなことをしたら地上がどうなるか想像がつかなかったのか」
「うーん、人間たちには迷惑かもしれないけど、上が決めたことだし。仕方ないかなって」
「上が決めたとは?」
「ん? ゼウスじゃないの?」
「ゼウスがテュポーンを解放するわけないだろう。封印した本人だぞ」
「気が変わったんじゃない? 地上を大掃除するって聞いたよ」
「ありえない。ゼウスは一度人間を滅ぼして地上を大掃除したことがあるが、二度とやらないと誓ったはずだ」
「でも汚れすぎてるから綺麗にしなきゃいけないって言ってたよ」
「誰が」
「兄さんが」
「僕は言ってない。アトラス兄さんが言ったのか?」
「違うよ」
エピメテウスは罪のない子犬のように澄んだ瞳をして言った。
「言ってたのはメノイティオス兄さんだよ」
※
一方その頃、テュポーンは山手線の内側を平らにし終え、国道357号線を西へ進み、湾岸エリアへと向かっていた……。




