私立探偵不破エリカの激怒
「ちょっと、これ、どうなってんのよ!」
不和の女神エリスはテーブルをバンと叩いた。
スイーツの皿が跳ねる。
女神ヘラはエリスが指し示すスマホ画面を眺めている。
小さな液晶画面には、タワーマンションがまるでシュレッダーに吸い込まれる書類の束のように『何か』に吸い込まれて消えていく様子が映し出されている。
タワーマンションを吸い込んだ『何か』はゆっくりと移動し、次の建物を吸い込んでいく。
それが通った後にはまっ平らな地面だけが残されていた。
「ふう~ん、テュポーンが地上にねえ」
「ふう~ん、じゃないわよ! あんたんとこの旦那が山に埋めた怪物でしょうが! なんで日本で暴れてんのよ!」
「私に言われてもねえ」
「埋めたやつの責任でしょう! 返せ、私のオフィス、私のパソコン、私のプリンター、私のデスク、私の椅子! 弁償しろ~!」
「そういう損害は保険会社に請求しなさい」
「テュポーン被害を火災保険や地震保険で補償できるかっての! あ、台風による風水害とみなせばワンチャンあるかしら?」
一瞬考え込んだエリスだったが、すぐに頭を振って切り替えた。
「いや、問題はテュポーンが逃げて自由に動き回ってるってことよ。封印してたゼウスの管理責任が問われる事態だわ」
「それはそうなのよねえ」
ヘラは愁いを帯びた表情でため息をついた。
「まったく誰があれを解放したのかしら。日本の神々との外交交渉を考えると気が重いわ」
「制圧後の交渉考える前に、今、現在進行形で日本の首都を破壊しまくってるあいつをなんとかしなさいよ!」
「そう言われても、私たちは手出しできないわ。場所が東京だもの。日本の神々から出動要請があればともかく、そうじゃないんだから。これがアテネだったらいくらでも出動させるんだけど。うちの夫はもちろん、アテナとかアレスとか」
「縦割り行政、いえ、国家と宗教の壁か~!」
エリスはウガーッと叫んで髪の毛をかきむしった。
やがて乱れた前髪の間から、凶悪な目つきでヘラを睨む。
「……あんたが動けないのはわかったわ。この一件、オリンポスは私に負債を負ったと思いなさい。オフィスと機材の恨みは深いわよ。誰に最終責任があるにせよ、必ず取り立ててやるからね」
「あら、怖い」
肩を怒らせて去っていくエリスの背中をヘラは艶然と見送った。
※
オリンポスの入り口にて。
ヘスペリデス姉妹が待っている所に不和の女神エリスが戻ってきた。
とても不機嫌なオーラを発している。
「あ、エリリン。ヘラ様なんて言ってた?」
「……プロメテウスの電話番号教えなさい」
「いいけど?」
アイグレーが自分のスマホを取り出し、連絡帳アプリを開く。
リパラーが不審そうに口を挟む。
「ちょっとエリス、プロメテウス叔父様に何の用なの?」
「ヘラがオリンポスの神々は日本には出動できないって言うのよ!」
エリスは憤然として言った。
「テュポーンが暴れてるのに! オリンポスの神々が動かないなら、オリンポスじゃない神を動かすしかないでしょ! プロメテウスは日本在住なんだから、こんな時に動かずにいつ動くのよ。人間の街がテュポーンに蹂躙されるのを黙って見てるわけにはいかないでしょ。あいつも私も」
「あら、意外。エリスが人間を守ろうとするなんて」
「エリスにも女神としての自覚があったんだね~」
「当然でしょ!」
エリスはプロメテウスに電話をかけながら傲然と胸を張った。
「私を誰だと思ってるの。不和の女神よ! 人間同士を争わせるのが私の生きがい、ちっぽけなことで争い合う人間たちを眺めるのが最高の楽しみ! その私の娯楽の元を一方的に破壊するなんて、許しておけないわ! プロメテウスをけしかけてやる。テュポーンを倒して、私の娯楽を守るのよ!」
●テュポーン:原初の女神ガイアが生み出した最大最強の怪物。とにかく巨大でティターン神族から見ても『明らかに大きい』と感じるサイズ。上半身は人間型だが、下半身は大蛇。オリンポスまで飛行したとされ、空を覆うほどの翼を持つ。肩から百の蛇の頭が生えていたという古代神話らしい造形をしている。戦闘では強烈な物理攻撃に加え、ファイアーブレスも使用。ゼウスと1対1で勝負して一度は勝利したが、再戦で敗北。シチリア島のエトナ火山に封印された。
本作では何者かによって封印を解かれ、日本の新宿に突如出現した。解放された本体は身長約60m。上半身は人間に似ているが、下半身はタコのような触手が半径約100mの円盤状に広がっている。何者かに『汚れた地上を綺麗にしろ』と命じられており、ロボット掃除機のように掃除を開始。あらゆる人工物を『汚れ』と認識して消去しながら進む。一定範囲を綺麗にすると、より汚れの多い場所を検知して移動する。地上が完全に綺麗になるまで止まらない。




