涙もろいヘスペリデス
ここはヘスペリデスの園。
女神ヘラが植えた黄金の林檎がなる木を守るため、ニンフのヘスペリデス姉妹と百頭怪獣ラードーンが昼夜を問わず警備に当たっている。
「エクスキューズミー。ここはヘスペリデスの園で合ってるでしょうか?」
「あら珍しい。訪問者だなんて。普通ならたどり着けないはずなのに」
「過酷な冒険の旅の末にやっとの思いでたどり着きました。それではやはりここがヘスペリデスの園なのですね?」
「まあ大変だったのね。そうよ、ここがヘスペリデスの園、私はヘスペリデスの一人、リパラーですわ」
「申し遅れました。私はタージマモーリと申します。遥か東の果てからやってまいりました」
「あらまあ東の果てからこの西の果てまで? それは長旅だったでしょう」
「それはもうシルクロードを逆から辿るような長旅でした。それもすべては黄金の林檎を得んがため。ここに黄金の林檎があると聞き及びましたが、まことでございましょうか?」
「まことでございますわよ、タージマモーリさん。さしあげるわけにはまいりませんけどね」
「おお…やっと探し当てた。あるかなきかもわからぬものを探し求めて幾年月。何度心折れそうになったことか。ついに、ついに目的地に。リパラー殿、お頼み申し上げます、なにとぞ我が主君の命を繋ぐため、一枝だけでも分け与えてはいただけませぬか」
「なんだか急に時代がかった口調になったわね。最初の軽い挨拶はなんだったのかしら。それに一枝って欲張りね。果実1個だけでもお宝なのに、枝ごと持っていく気ね?」
「私利私欲ではないのです。主君と奥方、お二人に捧げるため、少なくとも2個必要なのです。予備も含めてできれば4個」
「図々しいわね。あげられません。4個とか言って10個くらい盗る気でしょ。中に通すのもお断りよ」
「そうおっしゃらずに。どうか事情を聞くだけでも」
そうしてタージマモーリは訥々と話し始めた。
主君がいかに人品優れた王であるか、奥方がいかに心優しき妃であるか。そのお二人を次々に襲う悲劇の数々。矢尽き弓折れ、それでも立ち上がり臣民のために戦い抜いた主君のことを。
長い物語が佳境に入るころ、リパラーの瞳は感動の涙で濡れていた。
「うっ、うっ、うっ、なんて悲しい話なのかしら。なんて胸を打つ話なのかしら」
「生きて帰れるかどうかもわからぬ旅に出る私に主君は『いつまでも待っている』と…」
「ああ、もう涙が止まらないわ」
ハンカチで涙をぬぐい、鼻をかみ、リパラーは果樹園の門を開けた。
「私にはあなたを止めることはできないわ。さあどうぞ、通ってちょうだい。この道をまっすぐ行くのよ」
「かたじけない」
タージマモーリは果樹園の奥へと進んで行った。
※
その日の夕方。
「交代するよ~」
「あらもうそんな時間?」
「パラっち機嫌良さそうだね~。なんかいいことあった~?」
「ん-、ちょっとね。泣ける話でもらい泣きしてすっきりした気分なの」
「なにそれ韓国ドラマ?」
「違うけど似たようなものかな。久々にいい娯楽になったわ」
「ふーん。ラードーンにはもうご飯あげた~?」
「あげたわよ。活きの良さそうな餌だったから満足してると思うわ」
「ふーん、どんな餌?」
「東の果てで採れたらしいわ」
「輸入餌? 大丈夫? 変な毒みたいな混ぜ物されてない?」
「毛並みの良さそうな餌だったから大丈夫だと思うわよ」
「ふーん、まあいいか。申し送りはある? 不審者の出入りはない?」
「『入り』はあったけど『出』はないわね」
「じゃ、いっか。お疲れさん」
「ええ、お疲れ様」
優しそうに見えても、ヘスペリデスはヘスペリデス。
林檎泥棒には容赦ない。




