ボーイ・ミーツ・ガール
ここはヘスペリデスの園から遠く離れた島国・日本。
その日本のとある繁華街を少し目立つ二人連れが歩いていた。
※
「とにかく変装用の服を買うわよ。その恰好じゃ目立ってしょうがないわ」
「どこか変かな?」
エリカに言われて、自分の体を見下ろすヘスペリエー。
身に着けているのは古代ギリシア風のキトンと編み上げサンダルである。
「デザインが古いのよ! 三千年前のファッションなのよ! あんた今時の人間の服装見たことないの? 異界でもネットくらい見られるでしょ」
「パラっちが時々ドラマ見てるけど、私はあんまり見ないかな」
「情報収集しなさいよ。地上は日進月歩なのよ。ぼんやりしてると時代に置いて行かれるわよ」
「わかった。今度パラっちのお勧めに目を通しておく」
「リパラーを基準にするのもどうかと思うけど。ドラマばっかりじゃなくて報道も見なさいよ。色々面白いニュースが流れてるのよ。疫病とか災害とか戦争とか」
「そっか。軍事情報が見られるんなら見といた方がいいね」
「それとネットにはフェイク動画もあるから騙されないようにね。最近はAIで本物と見分けつかないような動画を作れるから、うっかりするとフェイクを本物だと信じちゃうのよ」
「AIって何?」
「人間が作った機械的な知能よ。アテナから人格を除いたようなもんよ。質問すれば大抵の事には答えをくれるのよ。間違った答えをくれることもあるけどね」
「ふーん、人格のない知能か。人間っておかしなものを作るんだね」
「経済活動が複雑化してるからね。神託だけじゃ足らないんでしょ」
人間を装った女神と、人間に見えるが実はニンフの二人連れが歩く道を、前方から同じように目立つ二人連れが接近していた。
「オリンポスを目指すのに地上を経由するとは意外ですな」
「ほとんどの異界の門は地上とつながってんだよ。ヘスペリデスの園から日本に出て、日本からオリンポスに行くのが早いんだ」
「航空機の乗り継ぎのようなものですかな。ヘスペリデスの園からオリンポスへは直行便がないといったような」
「大体そんな感じ。おばちゃんたちゼウス様のこと嫌いだからさ、直通の門を開いてないんだよね。おかげでメッセンジャーの俺が苦労するわけよ。毎回毎回、地上経由で」
「なるほど、お嬢様方とゼウス様との対立で、しわ寄せがヘルメス様にくるのですな。間に立つ方は大変ですなあ」
「わかる? 俺ってこう見えて苦労人なんだよ。小さい頃から気苦労が多くてさあ」
「ところでヘルメス様、前方から似たような身なりの女人が歩いてこられますが、あれはもしや……」
「あ」
古代ギリシア風コスプレの女と。
古代ギリシア風コスプレに羽根つきの帽子・サンダル・杖の三点セット装備の男が。
日本の街角で出会った。
「あら、ヘルメス? なんでここに」
エリカが疑問を口に出すより早く、ヘスペリエーは動き出した。
無言で走り出したヘスペリエー。
その目は獲物しか見ていない。
「げっ!」
ヘルメスはくるりと踵を返して逃げ出した。
その背中を追うヘスペリエー。
速い。
世界陸上100m走決勝くらいに速い。
逃げるヘルメスも速い。
巧みに歩行者の隙間を縫い、自転車を回避し、車の間をすり抜け、店先の看板や商品を倒して追跡の妨害をしながら路地裏へと駆けていく。
「うーん、さすが盗賊の守護神。逃げっぷりがチンピラだわ」
ヘルメスの逃げ足に感心している私立探偵不破エリカ。
そーっと忍び足で立ち去ろうとしているダイダロスの袖をがしっと掴んだ。
「どうやらあんたが生き証人ね。こうして出会ったのも何かの縁。詳しい事情を聞かせてもらうわ」
「ほっほっほ。恐れ多くも女神様とお見受けしました。逆らうつもりはございませぬが、今ヘスペリデスのお嬢様方に引き渡されてしまっては、この老骨の首が飛ぶかもしれませぬ。どうぞお見逃しを」
「生き証人なんだから命までは取らないわよ。尋問に熱が入りすぎて指の1~2本は取れちゃうかもしれないけど」
「指も失くすわけには参りませんでな。お許しを」
BOM!
一瞬の爆発音と視界を閉ざす煙。
「煙幕!?」
ケホケホと咳き込むエリカ。
煙が晴れた後には、一枚の上着が脱ぎ捨てられているだけで、ダイダロスは影も形もなかった。
※
一方その頃、ヘスペリデスの園では。
「やった、俺の勝ちだ!」
「くっ、あと少しだったのに!」
ビーチフラッグに勝ったアキレウスが大槍を天にかざして喜びの声を上げ、ヒュギエイアが砂を殴って悔しがっていた。




