プロメテウスとヘスペリデス
ここはヘスペリデスの園から遠く離れた日本、山の中にあるポツンと一軒家。
周囲を木々に囲まれたコテージ風のその家には男が一人、ペットのオウムと一緒に住んでいる。
一人と一羽が暮らすその家に珍しく若い女性の来客があった。
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「ご無沙汰してます、プロメテウス叔父様。何百年ぶりかしら」
「鳥も元気そうだね~。名前何だっけ。ドクターなんとか」
「ドクター・ピークだよ。リパラーちゃん、アステロペーちゃん、こんな山奥までよくきたね」
ヘスペリデス姉妹の中でも協調性が高く社交的なリパラー。
とぼけた口調でマイペースなアステロペー。
そんな二人を豆から淹れたコーヒーでもてなすプロメテウスはアトラスの弟である。
大勢いる神々の中でも群を抜いた人間好きで知られている。
「プロメテウス叔父さんってさ~、人間推しなのに、なんで人のいない山奥に住んでるのかいつも不思議だったんだよね~」
「ハハハ、好きだからこそ適切な距離を置かないとね。人の多い所で暮らしてたら、つい手を貸したくなっちゃうだろ。かえって人間のためにならない場合が多いからね」
「もっと早くそれを悟っていれば、3万年も岩に磔にされてハゲワシに肝臓をつつかれたりせずに済みましたのにね」
「刑期は短縮されたし、ハゲワシじゃなくてただの鷲だったけどね。ハハハ」
「ホホホ」
「肝臓ではないけど、今でもつつかれてるんだね~」
笑うプロメテウスの後頭部をペットのオウム、ドクター・ピークがつついている。
髪の毛を引き抜こうとしているようにも見える。
「ハハハ、ドクター・ピークは何故か僕の髪の毛をついばむのが好きでね。ハゲそうだからやめてほしいんだけどね」
「不老不死でお若く見えるのに後頭部だけが薄毛になったら笑えますわね」
「ハハハ」
「ホホホ」
「前置きの世間話が険悪な方向に行きかけてるんだよね~。パラっちがいつになくとげとげしいね~。いつもの愛嬌はどこいった~?」
「だってあの鳥感じ悪いんですもの」
リパラーとドクター・ピークの視線がぶつかり、バチバチと火花を散らす。
「ヨクキタネ、キタナ、キタナイオンナー。イラッシャイマセ、サヨウナラー」
「うるさいわね。焼き鳥にするわよ」
「オウム相手にマジ切れしてるね~。時間の無駄だから本題に入るね~。プロメテウス叔父さんにお願いがあるんだよね~」
「僕で力になれることなら」
「じゃ、この鳥捨ててくださいな」
「変な合いの手入れないで~。お願いは宇宙基地に連絡を取ることなんだよね~」
「宇宙基地ってアトラス兄さんが働いてるあの宇宙基地のことかい?」
「その宇宙基地だね~」
「アトラス兄さんと話したいなら普通に電話かければいいんじゃないかな?」
「普通の回線で通話すると会話を第三者に聞かれる可能性があるんだよね~」
「他人に聞かれたくない話だということかい? それはちょっと難しいなあ」
「叔父さんなら極秘の特別回線を知ってるはずだよね~」
「ゴクヒ、ゴクヒン、ダイヒンミンー。オマエタチハビンボウニンー」
「口の悪い鳥ね。唐揚げにするわよ」
「宇宙基地建設当時、設計には携わったけど、裏番号までは知らされていないよ」
「嘘はついてないけど本当のことを包み隠さずに言ってもいない、って匂いがするんだよね~」
「ハハハ、参ったな。アステロペーちゃん、嗅覚がケルベロス並みだね」
「つまり知ってるってことだね~」
「言葉の裏を読むのが上手いね」
「ウラ、ウララ、ウラギリ、ウラギリモノー」
「黙りなさい。手羽先」
「教えて欲しいんだよね~」
「職務上知りえた秘密を第三者に明かすわけにはいかないよ」
「叔父さんが裏番号を教えてくれないと、宇宙基地が大変なことになる可能性があるんだよね~」
「大変なことって?」
「タイヘン、タイヘン、タイ、タイ、ヘンタイ、ヘンタイ」
「鳥だからって何を言っても許されると思ったら大間違いよ。刻んで親子丼の具にしてあげてもいいのよ」
「鳥とパラっちのせいで雰囲気台無しだけど、頑張ってシリアス発言するね~。狙われているらしいんだよね~」
「狙われている? 誰が誰に?」
「オリンポスがミノタウロスにだね~」
「ミノ、ミノ、タン、キモ」
「あんたのキモをレバニラ炒めにしようかしら」
「オリンポスがミノタウロスに狙われてるって、ちょっと何言ってるのか理解できないんだけど」
「私も語彙力と精神力に限界を感じ始めたんだよね~。パラっち早く会話に戻ってきてくれないかな~」
生意気なオウムの嘴を閉じようと、リパラーは両手の指を鉤爪のように曲げてじりじりと距離を詰めている。
ドクター・ピークは詰め寄られまいとじりじりと距離を取っている。
プロメテウスは困惑している。
アステロペーは虚脱して天井をぼんやりと見上げている。
混迷を深める山の中のポツンと一軒家。
どうすれば収拾がつくのか、それは神々にもわからない。




