黄金の林檎は非売品
ここはヘスペリデスの園。
端的に言えばギリシア神話に出てくる神々の庭。
立地としては世界の西の果て、神々の世界を囲む大洋オケアノスのほとり、アトラス山脈の近くと言われながら、ジブラルタル海峡のヘラクレスの柱の向こう側とも言われる、どこかにあるけどどこにもない、決してたどり着くことのない桃源郷のようなものだったりする。
そこには黄金の林檎のなる木が生えている。
この黄金の林檎は大地の女神ガイアが神々の女王ヘラに送ったもので、大変貴重な果物である。
どのくらい貴重かというと、ヘラがわざわざヘスペリデスの園に植え替えて、百頭怪獣ラードーンを置き、ヘスペリデスたちニンフ(妖精)の姉妹を番人として常駐させて守らせるくらいに……。
「…と、そのくらい貴重なお宝なので必死で探しまくって、今ココです」
「あなた運がいいね~。普通探しまくっても来れないとこなんだよ。人間社会との接点がないからね~」
とある一人の冒険商人がヘスペリデスの園の入り口前にたどり着いた。
対応しているのは武装したニンフ(ギリシア神話に登場する等身大の人間型妖精)。
「ここにあるんでしょ? 譲ってくださいよ、一個だけでもいいんです」
「ダメなんだよね~」
「そこをなんとか。金額はこのくらいでいかがでしょう?」
「非売品なんだよね~」
「電子マネー決済もできますが、現金もご用意できますよ。ユーロですか、USドルですか?」
「人間界の通貨をいくら積まれてもお断りなんだよね~」
「そうおっしゃらずに。こうして会話が成立するくらいですから、人間社会との行き来があるんでしょう? 取引できますよね?」
「言語は通じるしネットも使えるけど、黄金の林檎は渡せないんだよね~」
「ネットが使えるなら電子マネーが便利でしょう。ここなら税金払う必要もないし、サクッと売買しちゃいましょうよ」
「そもそも私には売る権利がないんだよね~。所有者ではないからね~」
「は? あなたヘスペリデスさんでしょ? ここはヘスペリデスの園なんだから、ヘスペリデスさんがオーナーなのでは?」
「黄金の林檎のなる木はオーナーが別なんだよね~」
「果樹にオーナーが! ではそのオーナーさんと交渉させてくれませんか」
「ダメだね~。オーナーに林檎目当ての不審者を近寄らせないことも私の仕事のうちなんだよね~」
「不審者だなんて。こう見えても違法行為で捕まったことはありませんよ」
「捕まったことがないだけなんだね~」
「違法行為を働いたこともありませんよ、まあ信号無視とかはたまにやりますが。怪しいものではありませんので、信用してもらえませんか」
「口ではなんとでも言えるんだよね~」
「ご紹介いただけるのでしたら、こちらをあなたに…」
「賄賂なんだね~」
「違法ではありませんよね?」
「そもそもここでは人間社会の法律は強制力を持たないんだよね~。人間界と天界との境界線上にあるからね~」
「でしたらご遠慮なくお納めください」
「もらっとくね~」
(コソコソと何かを受け渡しする二人)
「…というわけで勝手に林檎を売るわけにはいかないんだけど、何かがあっても見なかったことにはできるんだよね~」
「おお、ということは」
「私は今から30分だけ休憩を取ることにするね~。その間に何があっても私は知らないんだよね~。ちなみにこの小道をまっすぐ行くといい物があるんだよね~。何があっても私のせいじゃないけどね~」
賄賂をもらったニンフは持ち場を離れ、草むらに腰を下ろしておやつの林檎を齧る。金色ではない普通に赤い林檎である。シャクシャクと小気味よい音を立てて皮ごと丸かじり。
しばしの休憩。
※
遠くで『ギャー』と悲鳴がする。
「欲の皮を突っ張らせた悪徳商人なんかラードーンに食われちゃえばいいんだよね~」
食べ終わった林檎の芯をえいやっと遠くに投げ捨てる。
おひさまぽかぽか、いい気持ち。
ヘスペリデスは今日もいい仕事をした。
招かれざる客1名、ラードーンの口の中へご案内。
「自分で食べるなら普通の林檎で十分美味しいんだけど、ラードーンは肉食なんだよね~」




