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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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16/30

私立探偵不破エリカと喋りが長い助手

 ここはヘスペリデスの園から遠く離れた島国、日本。

 古びた雑居ビルの一室にある探偵事務所である。

 私立探偵不破エリカは今日も浮気調査の報告書を書いている。

 デスクに置かれたマグカップには少しぬるくなったコーヒーが残っている。



「ふっふっふ。不倫相手の顔がばっちり写ってるわ。今時は写真も動画も簡単に撮れて便利よね。技術の進歩って大したもんだわ」

「技術の進歩もいいですけど、機材にお金かけすぎないでくださいよ」

「その分、依頼人からふんだくってるからいいじゃない。ほら、あの資産家のぼんくら息子救出の謝礼金振り込まれたんでしょ」

「振り込まれましたけど、追加で依頼も来ましたよ。まだ狙われてる気がするから守ってくれって」

「冗談でしょ。うちは探偵事務所よ。ボディーガードは専門外よ」

「そう申し上げたんですけどね。相手が普通の人間じゃないから、普通じゃない人に守ってほしいって言われまして」

「なんか嬉しくない言われ方ね。確かに私は『人』じゃないけど、一応これでも普通を装って生活してるのよ」

「不和の女神臭がにじみ出てるんじゃないですかね?」

「何よそれ。加齢臭じゃあるまいし。出てないわよ女神臭なんか。とにかく身辺警護はお断りよ。専門外だし、私じゃ守り切れないわよ。前回だってギリギリだったんだから」

「アイグレーさんが来てくれて助かりましたね」

「お礼送っといてくれた?」

「人気の洋菓子の14個入りを送っておきました」

「うんうん、14個ね。7で割れる数ね。ありがとね、エコーちゃん」

「エコーじゃありません、エーコです」

「和風にアレンジしただけで、あんまり変わってないわよね」

「先生だって最後の一文字変えただけですよね」

「私たち元の名前が地味なのよねぇ。クリューソテミスくらい長い名前になってみたかった」

「長けりゃいいってもんではないです。短くても、地味に知られてる名前だから名乗れないんです。私の場合、キャラとしては忘れられてますが、名前だけは音響関係の用語になって使われてますから」

「いいな~、エコーちゃん、名前売れてていいな~」

「変なことで羨ましがらないでください。それと今の名前はエーコですから」

「エーコって名前、昭和っぽくない?」

「『EIKO』ってローマ字で書けば令和っぽく見えるからいいんです。それより先生、ぼんくら息子の身辺警護依頼はお断りしていいんですね?」

「うん、きっぱりとお断りで。お義理で警備保障会社でも紹介しといて。ま、気休めだけどねー。ぶっちゃけ何しても無駄だと思うわ」

「ぼんくら息子は魔女に拉致される運命だってことですか?」

「まあねー。アリアドネが邪神化一歩手前だからね。アキレウス級の英雄なら倒せるかもしれないけど、アキレウスがぼんくら息子の護衛なんか引き受けるとも思えないし。人望ないもの、あのぼんくら」

「言えてます。顔しか取り柄のない男なんか魔女に食われてしまえばいいんです」

「エコーちゃん、過激ね」

「エーコです。アリアドネさんもあんな男に執着しなくてもいいのに。顔しか取り柄のない男にいくら入れ込んだって幸せになんかなれないんです。それは過去の私が証明してます。顔のいい男なんか、顔だけが取り柄の男なんか……」

「しまった、エコーちゃんのトラウマが」

「あの野郎、私が姿を見せずに声だけでやりとりしてた時は気があるそぶりだったのに、姿を見せた途端に『近寄るな、不細工すぎて吐き気がする』とか抜かしやがって。私ニンフですよ? ニンフって例外なく美人なんですよ? なのに不細工呼ばわり。あいつの方が美しかったのは事実ですけど、だからって他人を不細工すぎるとか吐き気がする顔だとか罵っていい理由にはなりませんよね。いくら顔がいいからって性格が悪すぎますよ。しかも頭も悪かったんですよ? 水を飲もうとして泉に顔が映ったら、その自分の顔に一目ぼれですよ。馬鹿じゃないの? 水面なんかそれまで何度も見てただろうに、なんで急にその日に限って恋に落ちるんですか。それで水鏡に映った自分の顔から目が離せなくなって餓死ですよ。馬鹿すぎますよ。夜になって暗くなったら水面なんか見えないんだから、その時に飲み食いすればいいじゃないですか。それをせずにまた顔が映るのを待って、朝になって映ったらまたじーっと凝視して、その繰り返しで、とうとう死んでカロンの船に乗せられてからも川の水面を見つめ続けてたって話ですよ。ほんっとに馬鹿。あんな馬鹿に恋して振られた自分が情けないやら恥ずかしいやら。顔だけ男なんか、顔だけ男なんか……!」

「え、エコーちゃん、お仕事しようか。気分転換にコーヒーでも飲む?」

「くたばれナルシスト~!!」



エコー:ギリシア神話に登場するニンフ。仲間のニンフがゼウスと浮気中なのをごまかすために女神ヘラ相手に延々と無駄話をして時間稼ぎをした結果、ヘラの怒りを買い、相手の言葉を繰り返すことしかできない呪いをかけられた。超絶美青年のナルシスに恋をするが、呪いのせいでアプローチの仕方に難があり、振られる。死後はこだまになったとされるが、本作では不破エリカの助手として探偵事務所で働いている。


ナルシス:水に映った自分に恋して恋煩いで命を落とした人。死に方は残念だが、ギリシア神話中トップクラスの美形。死後は水仙の花になったとされる。

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