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ヘスペリデスの黄金の林檎  作者: ful-fil


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15/30

アリアドネ再び

 ここはヘスペリデスの園とは別の某所。

 人間界と天界の間にある無数の異界の一つである。

 この異界の名はラビュリントス。

 怪物を閉じ込めていたという伝説の迷宮である。



 高級家具を揃えた豪邸の居間。

 パチパチと燃える暖炉、黒い革張りのソファーに体を預けてくつろぐ主。

 黒いスーツに包まれたその体は常人より二回りは大きい。

 顔は2本の角が生えた雄牛のマスクで隠されている。

 その雄牛のマスクの目元を白い手が覆った。


「だーれだ」

「ふざけんじゃねえぞ、アリアドネ。おまえでなかったら叩き殺してた」

「私なんだからいいじゃない」


 雄牛のマスクから手を離し、アリアドネはソファーのひじ掛けに腰かけた。


「俺はな、後ろから近づかれるのが嫌いなんだ。後ろから手を伸ばしてくる奴は問答無用で殺すって決めてんだよ」

「お兄様ったら怖ぁい。まあ言ってることは正しいけど。背後から忍び寄ってくるのは十中八九殺し屋だものね」

「いたずら好きな妹を別にすればな」


 部屋の主はアリアドネの頬を軽く摘まんだ。

 アリアドネはクスクス笑っている。

 兄と妹の微笑ましいじゃれ合いに見えなくもない。

 雄牛のマスクは異様だが。


「おまえダイダロスに何かやらせてるんじゃなかったか。あの迷宮づくりの名人に」

「うん、迷宮の方は一段落したの。準備ができたから実行に取り掛かるって報告しに来たのよ」

「マジでやんのか、あれ」

「もちろんよ。今度こそ成功させるわよ。スウィート・リベンジ」

「だけど女神の横やりが入ったんだろ」

「女神といっても不和の女神よ。あんなの怖くないわ。オリンポスからは孤立気味の女神なんだし。むしろ私の方がオリンポスの中枢に近いわ。元夫が十二神の一人だもの」

「デュオニュソスか。よく分からん男だが、おまえに気があるのは確かだよな。あいつとよりを戻せばいいじゃねえか」

「いやよ。あんな何考えてるのか分からない男、好みじゃないわ。私はテセウス様が欲しいの。ねえお兄様ぁ~」


 アリアドネは兄の膝に縋り付き、甘えるような声を出した。

 可愛らしく上目遣いで、両手を組んだ『お願い』ポーズを取る。


「アリアドネの一生のお願い。テセウス様を手に入れるのを手伝って」

「おまえなあ」


 雄牛のマスクが呆れたように天を仰ぐ。


「いつまで昔の男にこだわってんだよ。あいつはクズだぞ。おまえをたぶらかして、利用して捨てて逃げたんだぞ?」

「それでも好きなの。あの人じゃなきゃダメなの」

「あの時おまえ何したか忘れたか? あのクズに手を貸して、そのせいで前世の俺は死んだんだぞ? 実の兄を殺した男とおまえは駆け落ちしたんだぞ?」

「悪かったと思ってるわ。お兄様か、テセウス様か、どっちかを選ぶしかなかったの。愛した人を選んでお兄様を死なせてしまった。その罪は生まれ変わっても消えない。それでもお願い、お兄様。私にテセウス様をちょうだい。今度はあの人を迷宮に閉じ込めるの。あの人と二人で罪を償うわ、永遠に」

「おまえがテセウスと一緒に迷宮に入るってか。前世と真逆だな」


 雄牛のマスクから乾いた笑いが漏れる。

 彼が嘲笑するのは恋に狂った妹か、呪われた前世の自分か。


「いいだろう、アリアドネ。おまえに力を貸してやる。かつてミノアの雄牛と呼ばれたこの俺、ミノタウロスがな!」

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