アキレウス再び
ここはヘスペリデスの園。
女神ヘラが植えた黄金の林檎の木をヘスペリデス姉妹とラードーンが守っている。
黄金の林檎を狙う侵入者はことごとく抹殺するのがこの園のルール。
時には林檎目的でない侵入者もやってくる。
※
「お礼参りに来たぜ、ヘスペリデス!」
大音声で呼ばわるのは筋骨たくましい美青年だ。
その名はアキレウス。
トロイア戦争の英雄であり、女神テティスの息子である。
「パトロクロスの仇、金髪のヘスペリデスを出せ、ぶっ殺してやる! 俺を背後から奇襲したヘスペリデスも出せ、正面からぶちのめしてやる! ついでに俺の大槍返せ!」
「要求が多いわね」
門番として立哨中だった水色の髪のヘスペリデスが片手を頬に当てて首を傾げた。
「えーと、順番に解決していきましょうね。金髪のヘスペリデスは三人いるのよ。色黒の子か、色白の子か、ガラの悪い子か、どれかしら? それと貴方を背後から奇襲したヘスペリデスって誰? 侵入者の処理なんていちいち記録に残してないから、名前とか特徴とか言ってもらわないと調べようがないのよね。それと大槍だったかしら? 知らないわねえ」
「金髪のヘスペリデスは色黒じゃなかった。ガラもそんなに悪そうじゃなかった。とりあえず色白のを出せ。面通しして本人だったらぶっ殺す。奇襲したヘスペリデスは顔を見てねえけど、声は聞こえた。なんか、ぼけーっとしたしゃべり方するやつだよ。名前はロペとか聞こえた気がする。大槍知らねーってなんだよ。隠し立てすんなよ。トネリコの木で出来た超重量級の大槍だよ」
「あー、あれ」
水色の髪のヘスペリデスはポンと手を打った。
「いつだったかしら、テミちゃんが見たことのない槍を持ってきて『誰か使いたい者はいるか?』って言って、ヒューたんが『丈夫そうだから果樹園で使う』って挙手して、林檎の木の支柱にしたことがあったわね」
「なんだと?」
アキレウスは愕然とした。
「天下の名槍を林檎の木の支柱にしただと? 物の価値を知らねえのかヘスペリデスは」
「あら、価値を分かってるからこそ支柱として利用してるんじゃない。折れない、たわまない、丈夫な良い槍で結構なことだわ」
「槍ってのは武器として用いるものなんだよ! ええい、もういい、後で奪い返せば済むことだ。まずは金髪色白のヘスペリデスとぼけーっとしたヘスペリデスを出せ!」
「いいわよ。テミちゃーん、ロペりーん、お客様よー」
「「はーい」」
奥から返答があり、二人のヘスペリデスが姿を現した。
金髪色白のクリューソテミス、桃髪ぼんやりのアステロペーである。
「なんだお前また来たのか。殺して死体はラードーンに食わせてやったのに、よく生き返れたな」
「おふくろが冥王と交渉してくれたんだよ。水に二度づけするのは断られたけどな」
「つまり弱点は弱点のままで再生したのだな」
「だが克服には成功したぜ。見ろ」
アキレウスは誇らしげに足元を見せた。
金属製の靴を履いている。
「板金を重ね合わせて防御力と可動性を兼ね備えた逸品だ。矢で射られても衝撃が分散するから貫通しない。どうよ!」
「靴擦れにならないか?」
「なってねーよ! てか武器を取れ。いざ尋常に勝負!」
「何故我が貴様と勝負せねばならぬ?」
「かたき討ちだって言ってんだろ! パトロクロスを殺したお前と、俺を殺したお前、二人まとめてかかってきやがれ!」
「ふむ、黄金の林檎を盗みに来る者は処分するのがここの掟、殺される方が悪い……と言っても納得はせぬのだろうな」
「当たり前だ! 親友を殺された恨み、晴らさせてもらう!」
「話が通じぬとあらば仕方があるまい」
クリューソテミスは槍を構えた。
「暴れるバカはぶっ殺すしかないんだよねー」
アステロペーも槍を構えた。
緊張の瞬間。
『死ね~』
カーン。
どこからともなく女の声と釘を打つような音がした。
「ん?」
アキレウスの心臓に痛みが走る。
『礼儀知らずは死ね~』
カーン。
「うっ」
アキレウスが胸を押さえる。
『親の七光りでいきり散らす奴は死ね~』
カーン。
「うぐ!」
アキレウスが背中を丸める。
『武器無効だからっていい気になってるチート野郎は死ね~』
カーン。
「ぐっ! だ、誰だ、おかしな呪いをかけてくるのは」
アキレウスは激痛に脂汗を垂らしている。
『死体を車で引きずり回すとかの死体損壊をやりたがる異常者は死ね~』
カーン。
「ぐうっ! あ、あれは死体損壊が目的なわけじゃなくて報復目的の示威行為、ていうか俺は異常者じゃねえし」
『郷に入れば郷に従えという諺があるのに自分ルールばかり押し通そうとする傲慢男は死ね~』
カーン。
「ぐあ!」
ついにアキレウスは片膝をついた。
このままでは急性心不全で死亡待ったなしだ。
「くっ、今日のところはここまでにしといてやる! 次は呪詛耐性を上げてくるからな、覚えてろよ!」
悔しさに歯噛みしながら、アキレウスは撤退を決断した。
生き返らせてもらった直後にまた死亡するのはさすがにまずい。
母親の縁故で無理を通すのも限度がある。
アキレウスが去った後。
黒い髪のヘスペリデスが藁人形と五寸釘を手にして現れた。
「やるじゃないリカっち」
「呪詛が一段と上手くなったのではないか?」
「ざまあなんだね~」
姉妹たちが誉めそやすが、当の本人は浮かない顔である。
手作りの藁人形をひっくり返して裏表を検分している。
藁人形には五寸釘が6本刺さっている。
「アキレウスには通用するのに、クソジジイのパシリには通じないのなんでだろ?」
「呪詛耐性の差じゃないの?」
「加護の差かもしれんな」
「心臓に生えてる毛の厚みの差かもね~」
ヘスペリデスの1人、アイリカー。
案山子を作るのが上手い。
藁人形を作るのも上手い。
それらを用いた呪詛も上手い。
神々には効かないが。
半神半人の英雄にはそこそこ効いた。
がんばれアイリカー。
クソジジイの加護とパシリの耐性と心臓の毛を貫通するその日まで。




