悲劇の予言者 カサンドラ
ヘスペリデス姉妹、敗北。
ここはヘスペリデスの園。
女神ヘラが植えた黄金の林檎を守るため、今日もヘスペリデス姉妹が門前を守っている。
※
「あーらあ~、アイグレーちゃん、アイグレーちゃんじゃないの、久しぶりねえー! 何百年ぶりかしら!」
キーン。
「うっ、この耳障りな甲高い声は」
当番で門前に立っていたアイグレーは思わず耳を押さえた。
超音波級のハイトーンボイスが鼓膜を直撃したからだ。
「大きくなったわね~、少し美人になったんじゃない? アトラス様に似てきたわね!」
キーン。
「うっ、やっぱりカサンドラ。変わってないね、その声…」
「あーらやだ褒めても何も出ないわよー!」
キーン。
「うあっ、み、耳が」
「妹さんたちはどう? 元気にしてるー? こないだヘルメスくんに出会ったんだけど、あの子はいくつになっても落ち着きがないわねえ。もうちょっと責任感とか礼儀とかそういったものが身についてくるとお嫁さんも来ると思うんだけど。まだまだ子供っていうか、男らしさみたいなものが足りないのよねえ。男らしさ女らしさって最近は言わなくなったみたいだけどでもねえ」
キーン、キーン、キーン。
「テ、テミちゃん、交代して。ごめん、マジで無理」
「どうしたのだグレぴ。あ、カサンドラ」
「あーらクリューソテミスちゃんじゃないの。久しぶりねえ。何百年ぶりかしら」
キーン。
「う、耳が。交代、交代を。済まない、リカっち頼む」
「どうしたのテミちゃん。げ、カサンドラ」
「あ~ら~、アイリカーちゃんじゃないの。久しぶりねえ。少し大きくなったんじゃない?」
キーン。
「うぎゃあ、耳が! 鼓膜が、鼓膜が拒否している! 交代して!」
「え、リカっちどうしたの。うわ、カサンドラ!」
「あーら」
(以下、繰り返し)
「みんな元気そうで良かったわ~。ここは昔のままね~。まるで時間が古代で止まってるみたいよ」
「そうだねー」
「他のみんなとはゆっくり話せなかったけど、忙しいのかしら?」
「そうだねー」
「まあアステロペーちゃんだけでもゆっくりお話聞いてくれたから良しとするわ~。なんでか知らないけど私の話を最後まで聞いてくれる人少ないのよね~」
「そうだねー」
「大事な予言もあるんだから、きちんと聞いてほしいんだけどね~。まあアレよね、予言って言っても聞く耳持たない人には単なるたわごとってことなんでしょうね~」
「そうだねー」
「でもね、自慢じゃないけど私の予言って本当に当たるからね。悪い事ほど的中しちゃうんだから」
「そうだねー」
「せめてもの忠告をと思ってこうしてあっちこっち出向いて災難が来る前にその話をしてるんだけどね。無視されて結局悪い結果になっちゃうことが多くてね~。ほんと空しいものよね、信じてもらえない予言って」
「そうだねー」
「今日はアステロペーちゃんが話聞いてくれて良かったわ。ちゃんとみんなに伝えてね。悪いことが起きると分かってれば心の準備とかできるでしょ」
「そうだねー」
「じゃあ今日はこれで帰るわね。お姉さんたちによろしくね」
「そうだねー」
※
カサンドラの姿が見えなくなり、アステロペーは耳栓を外した。
アポロンがかけた呪いにより、カサンドラの声は甲高くて耳障りで大音量、聞く者の鼓膜を痛めつけ、頭痛を引き起こす超音波兵器と化している。
よって誰もカサンドラの話を最後まで聞くことが出来ない。
アステロペーも自衛のため、こっそり耳栓を突っ込んで、ただひたすらに相槌を打っていた。
予言?
そんなもん一言も聞いちゃいねえ。
悲劇の予言者カサンドラ。
彼女の予言をまともに聞く者はいない。
だから悲劇は避けようがない。
こうして災難は忍び寄ってくる。
ヘスペリデスの園にも…。
ギリシア神話ではカサンドラに予言の力を与えたのはアポロンですが、その予言を誰も信じてくれなくなる呪いをかけたのもまたアポロンです。理由は『予知能力を得たカサンドラがこのままだとアポロンに捨てられる惨めな自分の未来を予知し、逆に捨ててさっさと逃げ出したため、捨てられたアポロンが激怒した』からだそうです。声が超音波という設定はギリシア神話にはありません。




