6-10 夕暮れのカウントダウン
夕暮れのセクションセブン。空は茜に染まり始めていたが、その風景を味わう余裕など誰の胸にもなかった。
元は国道沿いの配送センターだったというこの広大な敷地には、かつての面影をほとんど残していない。倒壊した鉄骨、砕けたコンクリート、吹きさらしの倉庫の残骸。夕日に照らされた瓦礫が、むしろ静謐な芸術作品のようにも見えるのが不気味だった。
その中を、三つの影が黙々と進んでいた。風間圭介、栗原春香、そして舞谷麻衣。
「とにかく、見て回るしかないわね。目立つものは見当たらないけど……」
春香が低く呟いた。
「了解しました。私はあちら側を調べます」
舞谷が頷き、手早く左右の確認を済ませてから足を踏み出す。
それぞれが散り、がれきの海を進み始めた。舞谷は瓦礫の上を慎重に歩きながらも、頭の中で拍動のリズムを数えていた。
落ち着け。冷静に。
だが、次第に心拍が乱れていくのを感じる。広すぎる敷地、痕跡のない能力犯、そして迫り来る刻限。いくら冷静を装っても、焦りは確実に積もっていった。
どれだけ歩いても、何も見つからない。通常の爆弾なら起爆装置や導線、熱源の反応があって然るべきだ。だが、ここにはそれすらない。
ただ、沈黙と、風と、夕闇だけが迫ってくる。
「……っ」
思わず、呼吸が乱れる。
と、そのときだった。
視界の隅、倒壊した倉庫の壁のひび割れから、何かが鈍く光るのが見えた。
「……これは」
瓦礫に足を取られながらも駆け寄り、そっと表面を拭う。
そこには、赤く明滅するデジタルカウント。
「カウントダウン……っ!」
その瞬間、背筋に冷たいものが走る。残り時間は――五分を切っていた。
すぐに無線を手に取り、二人に呼びかける。
「風間さん、栗原さん、至急こちらへ!」
駆けつけてきた圭介と春香が、壁に浮かぶ数字を見て、同じく顔色を変えた。
「これ……どういうこと?」春香が眉をひそめる。
「仕掛けられているのは、壁そのもの……。この数字の位置、きっとこの構造物全体が爆発対象です」
「今から解除……とか、無理だよな」圭介が険しい表情で呟いた。
舞谷はその言葉に、黙って一歩前に出た。
両掌を前に構える。蒼いオーラが、鼓動に合わせて脈打ちはじめる。
「風間さん、栗原さん……少し、下がっていてください。私は、叩き壊します」
その声には、明確な決意が宿っていた。春香が苦笑交じりに肩をすくめ、舞谷の背を叩いた。
「任せたよ、麻衣ちゃん」
舞谷は一度、深く息を吸うと、両の掌を合わせた。
太極拳の構え――全身の重心を落とし、呼吸を整え、そして意識を掌に集中させていく。
リズムを変える。拍動を、極限まで遅らせる。
そのたびに、オーラの明滅が緩やかになる。だが、明の瞬間だけ、輝きは倍加していた。
力を、貯めろ。
そのすべてを、この一撃に込める。
舞谷の足元がわずかに沈む。地に根を下ろすように体勢を整え、目の前の壁を射抜くように見据える。
次の鼓動、明。
「――はああああっ!!」
叫びと共に、太極拳の双掌がうねるように突き出される。
踏み込みの一歩が瓦礫を割り、足裏から伝わる振動が地を揺るがす。空気が震え、閃光が掌から放たれた。
その一撃は、まさに全霊をもって放たれた重撃だった。
掌の衝撃波が壁面を穿ち、爆心部の中心を的確に撃ち抜いた。
重低音とともに、空気が唸る。壁面に大きな亀裂が走り、数字の浮かんでいた箇所を中心に、構造体が崩れ落ちていく。赤い数字が表示されたパネルもまた、二つに割れて地面へと転がった。
だが――
「……止まらない、ですか……っ」
舞谷が、肩を震わせながら呟いた。カウントはなおも続いている。
しかし、崩れた壁によって構造は分断され、数字の表示された破片は地面に転がり、持ち上げられる状態になっている。
「これなら、投げられる……!」
春香がすぐさまその破片の一つに飛びつく。
「圭介くん、反対側、お願い!」
「はい!」
二人が同時に、重い瓦礫を持ち上げる。
圭介は春香の怪力を借りている状態で、その脚力と腕力を最大限に発揮した。
そして、カウントが残り十秒を切ったその瞬間――
「せーのっ!」
それぞれの方向へ向けて、力いっぱい放り投げた。
破片は宙を裂いて飛び、空間の端へ――そして、
0。
轟音が天地を裂いた。
爆炎が夜空を赤く染め、瓦礫が舞い上がる。爆風が押し寄せ、三人の身体を容赦なく揺らした。
――だが。
旧国道は守られていた。
瓦礫の被害は最小限。あのまま壁ごと爆破されていれば、道路は完全に塞がれていたかもしれない。
「ふう……っ」
圭介が、地面に手をついて息を吐く。
「なんとかなった、みたいだね……」春香が胸を撫で下ろす。
舞谷もまた、膝に手をついて深く呼吸を整えていた。視界の端には、遠くから煙を見てこちらへ向かってくる人影がちらほら。
「……この場は、早く離れた方が良さそうですね」
三人は頷き合い、夕焼けを背にして、現場を後にした。
その背中に、爆風の余韻だけが、静かにまとわりついていた。




