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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第6章 虚飾の少女、霞む世界
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6-9 関係ない、このまま走るよ!

 午後の陽が、公園の木立の隙間から地面に柔らかな影を落としていた。乾いた風が頬を撫で抜け、秋の気配をひっそりと運んでくる。けれど、この穏やかな空気の下には、どこか剥き出しの違和感が確かに潜んでいた。


「火薬の痕跡、ないわね」


 赤いスニーカーのつま先で、春香が地面の抉れ跡を軽く突く。


 そこはかつてベンチがあったはずの場所だった。破片こそ既に撤去されていたが、焦げた残骸の一部が歪んだまま残り、元の形をわずかにとどめていた。外側からの破壊ではない。まるで何かが“内側から膨張し、弾けた”ような痕跡だった。


「起爆装置の痕跡があれば、諜報班がすでに回収しているはずですが……そのような報告は、上がっていませんでした」


 舞谷麻衣が淡い青のシャツに身を包み、手にした端末を確認しながら静かに言った。


「火薬反応、導線、熱源。いずれも反応なし。先行した第一班の報告と一致しています」


「となると……やはり、能力による爆破の可能性が高いということですね」


 圭介は穏やかな口調のまま返し、改めて破損跡を見つめ直した。

 爆弾でも事故でもない。誰かの“意思”が、ここで力を使った――そんな気配が、場に色濃く残っている。


 第二班の舞谷が捜査に協力していること。それは、今回の事件が、単なる偶発的破壊ではなく、確実に組織が追うべき対象であるとみなされている証だった。


「それにしても、ここを選ぶって変じゃない?」


 春香がベンチのあった辺りを一瞥し、あたりを見回した。


「人通りは少ないし、死角も多い。でも、完全に無人ってわけじゃないよね」


「……はい。昼間であれば、子どもたちが遊んでいたとの証言もあります」


 舞谷が、思案するように目を細めた。


「ですが、事件当日の直前に目撃された不審人物は“ゼロ”。防犯カメラもありますが、顔の判別に足る映像は得られておりません」


 圭介は静かに一歩踏み出した。

 わずかな土埃が、スニーカーのつま先で舞う。

 乾いた地面の感触、静かすぎる周囲、そして破壊の痕跡――何もかもが、不自然に整いすぎていた。


「舞谷さん、周辺の住民にもう少し聞き取りを続けてみませんか。自分も別の方面を回ってみます」


「承知しました。私は向こうの住宅街を」


 舞谷が丁寧に頭を下げ、その場を離れた。圭介も反対方向へと足を運び始める。


 * * *


 ほどなくして、圭介は庭先で木を剪定していた中年の男性に声をかけた。


 初めは訝しげな反応だったが、事情を話すと、ふと何かを思い出したように目を細めた。


「ああ、事件とは関係ないと思うんだけどね。数日前、この辺りで、変わった子を見かけたんだ」


「変わった子、ですか」


「人形みたいな子だった。黒いドレスに、レースの日傘。あれは……なんて言ったっけ、ロリータファッション?」


「……そうですね。たぶん、そうだと思います」


「非現実っていうか、歩いてるのに浮いてるような……いや、なんか現実感がなかったんだよ。ちょっと怖いくらいだったな」


「その子を見かけたのは事件の日の前……どれくらい前ですか?」


「三日か、四日前くらいかな。君、なんか関係者なの?」


「いえ、お時間をいただきありがとうございました」


 深く頭を下げてから、圭介は再び歩き出した。


 ――黒いドレス、白磁のような肌、浮世離れした気配。


 思い出されたのは、本屋で出会ったあの少女。

 月嶺霞。だが、彼女がこんな破壊に手を染めるとは、どうしても思えない。


「……違う。関係ない」


 頭を小さく振って、自分に言い聞かせるように思考を断ち切った。

 見た目が似ているだけだ。結びつけるのは早計すぎる――そう、関係あるはずがない。


 * * *


「栗原さん」


 再び合流した舞谷が声をかけたそのとき、春香がスマホを見つめたまま、じっと動かずに立ち尽くしていた。


「どうしました?」


「アリスから動画が届いた……これ、ヤバいやつだよ」


 春香がスピーカーに切り替えると、画面に火の玉のような蒼い紋章が回転しながら浮かび上がった。

 そして、機械的に歪められた声が流れ始める。


「――私は、ファントムウィスプ。姿なき断罪者だ」


「ほとんどの国民は知らない。我々が背負わされた代償を。孤独を。抑圧を。奪われた日常を。取り戻せぬ未来を」


「三件の爆破。あれは私がやった。誰にも止められなかった。これからも、誰にも止められない。お前たちは察知もできず、ただ恐れるだけだ」


「既に他にも“仕掛けてある”。静かなところに、目立つところに、街の中に」


「次は今日。18時。国道沿いの廃倉庫。見せてやる。破壊が、予告ありでも止められないという現実を」


 圭介たちが言葉を失っている間に、動画は途切れるように終わった。


「国道沿いの廃倉庫って言ったら……セクションセブンじゃん。あそこ、普段は誰もいないけど……人の通るルートのすぐそばだよ」


 春香が即座に判断を下す。


「爆発すれば、被害が発生する可能性も十分にあります」


 舞谷の表情も険しくなる。


 圭介は時計に目を落とす。午後二時前。


「ここからなら……渋滞にさえ巻き込まれなければ、十八時には間に合います」


 圭介が腕時計を見ながら言うと、春香は赤いアウターの袖をぐっとまくりながら、にっと笑った。


「渋滞? 関係ないでしょ。走って行くよ。時間との勝負なんだから、全力でね」


 そして一歩、ぐっと圭介に近づくと、その肩をポンと叩いた。


「ほら、私の能力、使いな。飛ばしていくよ」


 その一言に、圭介は一瞬だけ戸惑ったが、次の瞬間には小さくうなずいた。


「……すみません。お言葉に甘えて」


「素直でよろしいっ」


 春香が快活に笑う。その笑顔に背を押されるように、圭介は彼女の肩にそっと手を添えた。


 光が、淡く掌に灯る。

 刹那、脚筋にビリビリと走る異物感。春香の“怪力”が、圭介の身体に流れ込んでいく。跳躍力、推進力、全てが一気に跳ね上がった。


「風間さん、準備は万端のようですね」


 舞谷が手のひらに蒼いオーラを浮かべながら、静かに頷いた。


 三人の視線が、同じ方向を見据える。


 次なる爆破を止めるため――彼らは一斉に駆け出した。


 木々が風に揺れ、午後の光が伸びる影を地に描く。


 けれど、今や風は変わっている。

 正義だけでは届かない。理屈も、理想も、ただの足枷だ。


 それでも、誰かが走らなければならない。


 圭介は、己の胸の奥で、その想いを噛みしめていた。

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過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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