表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第6章 虚飾の少女、霞む世界
62/69

6-5 暗闇を抱えて

 季節は、音もなく色を変えていた。

 蝉の声が遠ざかり、夜風が肌に冷たさを含みはじめる頃。

 空は高く、夕暮れの朱がどこか脆く滲むようになっていた。


 アリスが未来に見た“災厄”――

 能力者たちが、何の前触れもなく爆発的な力に呑み込まれ、誰一人として助からなかったという、理不尽きわまりない夢。

 第八班は、その未来を変えるために動いていた。


 とはいえ、足場は脆い。

 予知されたのは“半年以内”という曖昧な期限だけ。

 どこで、誰が、どんな原因で起こすのかすら不明。

 信じるしかない予兆に、ただ静かに抗うようにして、玲次の指示のもと、彼らは本部の任務にあたりながら、その合間に情報をかき集め続けていた。


 諜報班の浮島。制圧班の空西と舞谷。突撃班の嵐原と沼波。

 彼らは「夢の話」と切って捨てるどころか、第八班の警戒に共鳴し、できる限りの協力を申し出てくれていた。

 組織の中に少しでも耳を傾けてくれる人がいるという事実が、彼らにはささやかな救いに思えた。


 第八班は日常に溶け込む“違和感”を見逃すまいと、微細な兆しに神経を尖らせていた。

 しかし、災厄の芽が、いつ、どこに現れるのかもわからないまま。


 そうして季節が巡り、夏の熱がやや遠ざかる頃だった。

 それは、唐突に始まった。


 「……爆発?」


 恭子の口から、思わず言葉が漏れた。


 場所は本部の食堂。

 夕刻の静かな空間に、カレーとスープの香りがわずかに残っている。

 窓の外は、群青と茜が混じり合う空。照明が灯り始めるには、まだ早い。


 テーブルの真ん中には、湯気の立つ皿とカップ。

 笑い声も、冗談もあったはずのひとときが、たった一つの報道で凍りつく。


 テレビに映るのは、破裂したような街灯、骨組みだけを残したベンチ、曲がりくねったガードレール。

 それらは日常の中に突如現れた異物として、ただそこに存在していた。


 ニュースキャスターの声は、焦りを隠しきれていない。


 『――本日、都内を中心に確認された不可解な爆発。現時点で人的被害は報告されていないものの、既に三件目。現場付近の市民からは、「突然、何もない場所が弾け飛んだ」との証言も……』


 「これ、アリスが見たやつ……じゃないよね?」


 春香がスプーンを止めたまま、眉をひそめる。

 隣でアリスが俯いたまま、スカートの生地をぎゅっと握りしめた。


 「……わからない。でも、わたしの夢の中では、もっと……大きな爆発だったから、これは……ほんの始まりかも」


 掠れるような声だった。記憶を辿るように、慎重に言葉を選んでいた。

 その横顔に、恭子は一瞬だけ目を留めた。

 “未来を見た”という重みに、彼女はずっとひとりで耐えていたのだと思う。


 そのとき、椅子が静かに引かれる音がした。


 「……もしかしたら、これがその前兆かもしれない」


 立ち上がった圭介が、窓の外を見つめながら言った。

 朱に染まる空に、その眼差しは遠く、深く吸い込まれていた。


 「何かが動き出してるなら、止めないと。手遅れになる前に」


 玲次が腕を組んで頷く。


 「諜報班が何か掴んでるかもしれん。明日、すぐに動こう」


 「じゃあアタシは現場に出る。周辺の監視カメラも回収してくるよ」


 春香が笑いながら立ち上がった。長いポニーテールがその背で揺れている。


 自然に、話は任務へと移行していく。

 この切り替えの速さこそが第八班だった。誰かが動けば、他の誰かが補う。それが日常だった。


 けれど――


 その輪の中にいて、恭子だけが、ほんの少しだけ取り残されているような気がした。


 圭介は、真剣な眼差しで何かを見ている。

 未来か。救いか。正義か。あるいは、そのすべてか。

 かつて守られるだけだった少年は、確かに変わった。


 人を助けたい。誰かの痛みを、見過ごしたくない。

 その思いは変わらないはずなのに……。


 どこか、遠い。

 まるで、手の届かない場所へ行ってしまいそうな気がする。


 ――ねえ、圭介。

 あなたのまっすぐさを、誰よりも知ってる。

 でも今、あなたはどこを見ているの?


 私は、まだ“ここ”にいるのに。


 災厄を防ぐことは、大切。

 誰かを守ることも、大事。

 だけど、これは本当に、日常を取り戻すための道なんだろうか。


 任務に、訓練に、戦いに。

 いつの間にか、“普通”というものが、どんどん遠くなっていく。


 圭介は、それでもいいと思ってるんだろうか。

 私には、わからない。


 ただ――


 圭介が無事でいてくれさえすれば、それでいいのに。

 それ以上、私は何も望まないつもりだったのに。


 「……恭子?」


 声に気づき、顔を上げた。

 圭介がこちらを見ている。ごく自然に、ごく当然のように、言った。


 「恭子もやるだろ?」


 その言葉に、恭子は微笑んだ。


 ふわりと、何もなかったように。

 心の奥の暗闇を、そっと胸に隠したまま。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

▶ 過去編を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ