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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第6章 虚飾の少女、霞む世界
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6-4 正義の狼煙

 最初の異変は、何の予兆もなく訪れた。


 それは、何気ない午後の風景を切り裂く一閃のように。

 報せも、犯行声明も、動機すらもない。

 ただ、そこに在って然るべき「日常」が、ある日、突如として音を立てて砕け散ったのだった。


 * * *


 蝉の声がまばらになり、夏の終わりを告げるような風が街を撫でていた。

 市街地からやや外れた区立公園は、平日の午後ということもあって人影はまばら。木陰のベンチには年配の夫婦が並んで座り、穏やかな時間を過ごしている。すぐ脇では、幼い兄妹が母親と一緒にシャボン玉を追いかけて笑っていた。


 午後二時三十四分。

 その穏やかな午後は、突如として破裂音に引き裂かれた。


 ──バンッ!


 空気が振動し、破裂音と共に木片と砂埃が爆風とともに舞い上がる。

 子どもの笑い声が止まった。母親が叫び声を上げる。公園にあったベンチは、見る影もなく木っ端微塵に吹き飛ばされていた。


 辺り一面に散ったのは、木材の破片、金属の留め具、そして焦げたような匂い。だが、火は出ていない。怪我人も、意外にもいなかった。奇跡的に、座っていた夫婦は数分前に立ち上がり、近くの売店へ向かった直後だった。


「爆発……?」


「ベンチが突然弾けたぞ……!」


 現場に居合わせた人々の声はざわめきから悲鳴へ、そして徐々に困惑へと変わっていった。

 警察と消防がすぐに駆けつけ、黄色のテープが張られたが──事件の気配はどこにもなかった。

 導火線も、遺留品も、カメラに映る不審者も。爆発の痕跡だけが、そこに在った。


 * * *


 その二時間後、今度は駅から離れた旧商店街で異変が起きた。


 アーケードの屋根はすでに撤去され、傾いた看板や閉店の張り紙が並ぶその一角。

 人通りはまばらだが、パン屋の軒先で中年の女性が小学生の娘に菓子パンを選ばせていた。


「これにしようよ、チョコのやつ!」


 その瞬間だった。


 ──バン……ッ!


 鋭い金属音とともに、古びた街灯の支柱が破裂した。


「──っ!」


 ガラス片と鉄くずが空中で散り、真下に落ちる。パン屋の主人が叫び、親子を店内に引き入れた。

 砕けたガラスが地面に跳ね、鉄の支柱がくの字に折れ、横倒しに傾く。


「落雷か? いや、天気は……」


 誰かが呟いた。空は晴れている。雲すら見当たらない。

 破壊された街灯は、爆発のように砕け散ったにも関わらず、発火も発煙もない。そして、例によって、仕掛けも犯人の目撃情報もなかった。


 現場を確認した消防隊員が首をひねった。


「信号や送電にも異常はない……自然発火じゃ、ないだろうな」


 * * *


 そして夕方。

 市街地からさらに外れた山中の県道沿いで、三件目が起きた。


 カーブの多い山道。車通りは少なく、静けさが辺りを支配している。

 その道を、軽トラックがゆっくりと登っていた。農作業を終えた帰り道らしい。運転手はラジオを低く流しながら、いつも通りのルートを走っていた。


 ──突如、


 ……ドォン!


 閃光と共に、ガードレールが内側から爆発するように破壊された。

 トラックが急ブレーキをかけて止まる。運転手は助手席側を振り返る。

 そこには、数メートルにわたってちぎれたガードレール。巻き上がった土。

 まるで地中から何かが突き破ったように、レールがねじ切れていた。


 運転手はしばし絶句し、やがて震える手でスマホを取り出す。


「……なんだこれ……」


 しばらくして駆けつけた警察官が現場を照らし、声を漏らす。


「……じゃないな。熱も痕も、ない」


「ガスでもない。自然破損? だとしたら、これほど派手な壊れ方は不自然だろう」


 調査は深夜まで続いたが、結論は出なかった。


* * *


 三件の爆発。いずれも予兆はなく、人的被害もゼロ。

 どれも「本来爆発など起こり得ないもの」が、理屈を無視して爆発したという点で一致していた。


 ベンチ。街灯。ガードレール。

 それらは、誰かを殺すためでも、何かを盗むためでもない。

 ただ、何者かが「壊した」──その事実だけが、薄気味悪く街に残された。


 夜。ニュースが各地の異常を伝える。


「関連性は不明ですが、各地で相次ぐ不可解な爆発現象に、市民の不安が広がっています──」


 SNSには憶測が飛び交う。

 “次はどこだ”“テロなのか?”“点検してるのか?”

 警察庁は翌朝、緊急に捜査本部を設置。だが依然、手がかりはつかめないままだ。


 この国に住む人々は、まだ気づいていない。

 この爆破が、ただの異常現象ではなく、ある少女が掲げる歪んだ正義の狼煙であることを──

 沈黙の中に仕掛けられたその「導火線」は、すでに炎を帯びていたのだ。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
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