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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第1章 花は凍りて風に消ゆ
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1-5 夕陽にほどける声

 放課後の空は、じわじわと茜に染まりはじめていた。


 西日が傾き、街路樹の隙間から射し込む光が、歩道に柔らかな陰影を落とす。舗装されたアスファルトには、斜めに並ぶ二つの影が伸びていた。ひとつはまっすぐ、もうひとつは、わずかに俯きがちに。


 通い慣れた通学路だった。何度も通ったはずなのに、今この瞬間だけ、見慣れた風景が薄く膜をかぶせたように感じられる。遠くで聞こえる部活の掛け声も、風に乗って揺れる木々のざわめきも、どこか遠く、現実感が希薄だった。


 圭介はその沈黙の横顔を、ちらと盗み見る。


 沈んだ夕陽は温かいはずなのに、背中には妙に冷たい風が這うように通り抜けた。まるでこの通り道に、目に見えない境界線が引かれてしまったようだった。


「……なあ、恭子」


 意を決して、圭介が口を開く。声は静かに、しかし真っ直ぐに。


「今日……なんか、元気なかったよな。具合でも悪い?」


 恭子は顔を上げずに、小さく首を横に振った。だが、そこに続く言葉はなかった。


 圭介はそれ以上問い詰めず、ただ彼女の歩幅に合わせて歩く。急かさず、急がず、風の音に耳を傾けながら、沈黙をそのまま受け入れた。


 やがて恭子が、ふと足を止めた。


 道端の小さな植え込みの前。夕陽を背に、鞄を胸元で抱えるように持ちながら、彼女はぽつりとつぶやく。


「……誰にも言わないって、約束してくれる?」


 その声は、まるで迷子の子どものように頼りなく、けれど確かな意志が込められていた。


「もちろん」


 即答だった。


 その言葉が彼女の中の何かをほどいたのか、恭子は小さく息を吸い、しばらく沈黙した後、唇を震わせて語り出した。


「……昨日の夜、変なメールが届いたの。“国のために力を使え。拒否権はない”って。それだけじゃない。“従えば明日迎えが来る。抗えば、いかなる手段でも迎えに行く”って……怖くて、誰にも言えなかった。圭介にすら」


 声は震えていた。だがその震えの中には、押し込めていた恐怖と、自分の弱さを告げる勇気があった。


 圭介はポケットからスマホを取り出し、画面を開く。そして静かに言った。


「……それって、たとえば、こんなメールか?」


 画面には、昨夜届いた不気味なメールが表示されていた。件名も、差出人も、本文さえも簡潔で、ただ冷たく事務的な文言が並んでいるだけだった。


 恭子は目を見開いた。


「……圭介にも、届いてたの?」


「ああ。最初は、ただの悪質な迷惑メールかと思ってた。でも……違うんだろうな」


 しばしの沈黙。


 恭子は、かすかに息をのむようにしてから、目を伏せて小さく頷いた。


「……昔から、たまにあったの。私の気持ちが、そのまま周りに伝わっちゃってるようなときが。イライラしてると、みんな落ち着かなくなったり……悲しいときは、空気がしんとして、まるで周りも悲しくなったみたいに」


 圭介は、教室での妙な静けさを思い出す。昼休みの、音だけが浮いていた空間。誰もが気づいていながら、それを口に出さなかった雰囲気。


 あれは偶然なんかじゃなかった。


「……気のせいじゃなかったんだな。今日の教室、なんか変だったもんな。お前が沈んでると、まるで周りまで引きずられるみたいでさ」


 恭子は視線を落としたまま、かすかに肩をすくめた。


「……もし、あのメールが本当だったら、私……どうなっちゃうんだろう」


 風が通り過ぎる。夕陽はもう、街のビルの向こうに沈みかけていた。


「……本当だったら、家に戻らない方がいいかもな」


 その言葉に、恭子の顔がこわばる。


 現実味のなかった“恐怖”が、一気に輪郭を持ち始める。日常の延長線にあるはずの“家”という場所が、今は妙に遠く、危ういものに思えた。


「でも……ほかに行く場所なんて、ある?」


 恭子の声は、かすかに揺れていた。


 駅のベンチ、公園のベンチ、ネットカフェ。けれどどれも、夜を越せるような安全な場所には思えなかった。家という避難場所が疑わしい今、他に選択肢がないことが、かえって現実を突きつけてくる。


「……そうだな。親に何も言わずに帰らなかったら、それはそれで問題だし」


「うん……私も、今日は帰る。母にも何も言ってないし……」


 どちらともなく視線を交わし、ふたりは小さくうなずいた。


 心の奥にはまだ、言葉にならない不安が残っていた。

 けれど、たった一つのことを共有したことで、少しだけ歩幅が近づいた気がした。


 暮れかけた通学路に、再び二つの影が並ぶ。

 その距離は、今までよりも、わずかに近かった。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
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