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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第6章 虚飾の少女、霞む世界
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6-2 革命の演説

 静寂が、廊下の隅々まで均一に敷き詰められていた。音という音が封じられた空間を、月嶺霞はただ一人、ゆっくりと歩いていく。


 黒のドレスは夜そのもののように波打ち、裾が床をかすめるたびに風の気配すら生まれなかった。鋭く研がれたヒールが硬質な床を叩く音が、まるでこの無音の世界に亀裂を入れるかのように、かすかな違和を孕んで響いた。


 天井の隙間から漏れる白い光が、彼女の肌を蝋細工のように浮かび上がらせる。美しくも冷たいその輪郭は、生身の存在というより、何か神話的なものの幻影のようだった。


 霞の指先で揺れるのは、無骨な鍵束。金属同士が擦れ合い、重く鈍い音を立てる。それは処刑人が斧の刃を研ぐ前に鳴らす音に似ていた。どこか儀式めいていて、冷徹な決意が音に乗って伝わってくる。


 やがて、廊下の終点──監房の扉の前にたどり着いた霞は、ふと足を止めた。


 深く息を吸い、まぶたを閉じる。まぶたの裏には、彼女に「力」を与えた人間たちの顔が次々に浮かぶ。組織の幹部、名も知らぬ政治家たち、そして──白い衣に身を包んだ、あの女。西蓮。すべては、あの面差しに辿り着く。


 ──誰かの思惑の中だけで生かされる人生なんて、もうまっぴらだ。


 霞は目を開け、鍵を差し込む。カチリ、と金属音が静けさを裂き、鉄の扉がゆっくりと音を立てて軋んだ。


 眼前には、監房特有の重苦しい空気が広がっていた。


 そこには、数十人の能力者たちがいた。光の届かぬ影の中で身を縮める者。壁に背を預けたまま、表情を失くした目で虚空を睨む者。恐れとも諦めともつかぬ色を宿した視線が、一斉に霞へと向けられる。


 ここに収容されているのは、組織に「使えない」と見なされた者たち。従わない、飼い慣らされない、あるいは制御不能と断じられた、いわば“廃棄処分”の能力者たちだ。


 霞は一歩、前へと進み、静かに口を開いた。


「──みんな、聞いて」


 その声は囁くように小さかった。しかし、妙に耳に残る。誰の心にも、鋭く突き刺さる何かを孕んでいた。


「私たちが“呪い”を背負わされた理由。それは……偶然なんかじゃなかった」


 沈黙が、音よりも強く場を支配する。誰かが唾を飲み込む音が、不自然に響いた。


「これは、国と、この組織によって仕組まれたもの。あなたたちは“選ばれた”の。治験のために。軍事利用のために。力を持つ者にするために」


 霞の言葉は静かだが、硝子のように研ぎ澄まされている。


「それは“運命”なんかじゃない。まして“神の意志”でも、“才能”でもない。誰かの都合で、あなたたちの身体に、魂に、呪いが植えつけられたのよ」


 部屋の空気が、じわりと濁っていく。押し殺された吐息、押し寄せる動揺。檻の奥から小さく呻き声のようなものが漏れた。


 霞は静かに、歩を進める。金属の床が微かに鳴った。


「あなたたちが壊れたのは、あなたのせいじゃない。不幸も絶望も暴走も──それは、“上”の人間が、あなたたちに押しつけた構造よ」


 檻の奥で、目を伏せていた男が顔を上げる。


「あなたたちが罪を背負う必要なんて、どこにもなかった。……なのに、ずっとそう思わされてきた」


 霞の声は次第に熱を帯びていく。囁きが、やがて火となって魂に届くように。


「だから私はここに来た。真実を知って、それでも黙っていられなかった。……あなたたちを迎えに来たのよ」


 その一言に、檻の中の誰かが大きく息を呑んだ。ちらついていた天井の照明が、ピクリと揺れる。


「わたしは、あんたたちと同じ。力によって人生をめちゃくちゃにされた人間よ。でも──もう“被害者”でいるのは飽きた。今度は、わたし達の番でしょ?」


 霞はくい、と顎を上げ、檻の奥を鋭く見渡す。


「自分の力に呪われた過去を持つ者。……わたしと一緒に、この国をぶっ壊す覚悟がある奴はいないの?」


 その言葉は、明確な宣戦布告だった。権力に、支配に、呪われた世界そのものに向けた。


「いるなら、今すぐ私と来なさい。腐った大人たちとは違う、私が見せてやるわ。もっとマシで、もっと血の通った──最高に美しい地獄を」


 沈黙。


 それは、一瞬が永遠に感じられるほど濃密な沈黙だった。


 やがて、檻の奥から、ひとりの女がゆっくりと立ち上がった。髪は乱れ、両目は虚と狂のあわいで煌めいている。


「私は、愛した人を……自分の手で殺してしまう呪いを持ってる」


 その手の指先が、銀に変じる。滑らかに、だが残酷なほど自然に、刃のように伸びる。


「こんなもんを与えた奴がいるっていうなら、──私は、絶対に許さない」


 霞は、口元だけで笑った。


「いいわね。その刃、正しい相手に突き立てなさい。……それが、あなたの戦いの始まりよ」


 バンッ! 鋭く壁が叩かれる音。別の檻から、歯を剥いた青年が顔をのぞかせた。瞳に常軌を逸した光が宿っている。


「いいねぇ……暴露大会、続けようぜ。俺なんざ、この呪いのせいでな、生まれてこのかた“安全地帯”なんざ一度も歩いたことがねぇ!」


 彼の指先が弾けるように火花を散らす。爆ぜる熱量に、檻の中の空気が一瞬揺らいだ。


「触れたもん全部が爆発。破裂。大花火。ドッカン、バッカン、大炎舞! こんな俺を作った国? ……焼け野原にしてやんねぇと、気が済まねぇ!」


 霞は頷いた。


「いいわ、あなたの地獄、私が使ってあげる。最大限に、鮮やかに」


 最後に、檻の端から男がくすくすと笑う声が聞こえた。長い指をくるりと回し、芝居がかった口調で言う。


「……怖いお嬢さんだ。だが、嫌いじゃない。僕はね、誰に利用されるかが大事なんだ。理不尽に操られるのは、もううんざりでね」


 男は霞に視線を定める。


「君には、僕を“使いこなす器”があるのかい?」


 霞は一歩、前へ踏み出した。ドレスの裾がゆるやかに揺れ、照明の下で彼女の影が伸びる。


「もちろん。私もまた、呪われた弱者の一人。──どうせ利用されるなら、私を選びなさい」


 三人の視線が、明確な熱を帯びて霞に集中する。


 そして、彼女は檻の中央に立ち、最後の一言を放った。


「これは、ただの復讐じゃない。……これは、意義のある革命よ」


 その言葉と同時に、監房の空気が揺れた。


 沈黙の中、誰かが歩き出す。


 続いて──檻の中から、ガチャリ、と鍵を開ける音が次々と連鎖する。


 それは、確かに始まった。


 革命の、胎動だった。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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