幕間 さよなら、風間圭介
──この国は壊れてる。
気づいたのは、ずっと昔。
けれど、見ないふりをしてきた。私が壊れてるせいかもしれないって、そう思いたかった。
でも違った。あの人に導かれて、確信した。
歪んでるのは私以外の全てだ。
だから、私は壊す。
誰も救えないこの仕組みを、根っこから全部ぶっ壊してやる。
それが、私にとっての“正義”。
たとえ、誰かに「悪」だと言われたとしても。
* * *
──風間圭介。
本屋の棚の前で、偶然手が触れた。その一冊の小説を取ろうとして。
私は、誰にも見えていないはずだった。この“呪い”の力で、今までずっとそうだった。
それでも彼は、あっさりと私の名も知らない顔を見据えて、「普通に見えるけど」なんて言ってみせた。
……私が見えてる?
驚いた。怖かった。
そして、懐かしさのようなものを覚えた。
「あなたで二人目よ」
それは本当。
一人目は――西蓮。
でも、あいつの目と、この少年の目は違った。
あいつの目は、私の中の何かを見抜いたような目。
この少年の目は、まるで「私なんて普通にそこにいるのが当然」だというような、そんな目だった。
それが、妙に心地よくて──怖かった。誰かの視線の中にいるという感覚は、私の輪郭を肯定されるようで。でも同時に、それは私の“仮面”を剥がしてしまう。だから──それが一番、厄介だった。
* * *
カフェでは、平凡な会話ばかりだった。
好きな小説、苦手な食べ物、通ってる学校の話。
彼はまっすぐだった。
損な役回りを買って出そうな真面目さが、全身から滲んでいた。
どうしてだろう、と思う。
どうして、あの時の私が、こんなに素直に話せていたんだろう。
どうして、ただ座って、くだらない話をしているだけなのに、
こんなに──懐かしいような、心地いいような。
まるで、普通の女の子みたいに。
……ちがう。私はもう、そうじゃない。
なりたいと願ってはいけない。
こんな一瞬に心を許してはいけない。
私の選んだ道は、もう後戻りのできない場所なのだから。
* * *
「あんたが一人目だったら、私ももう少しマシな人生だったのかな」
口から滑り出た言葉に、自分で驚く。
ああ、私、そんな風に思ってたんだ。
……ほんと、やっかい。
「どういう意味だよ」
彼の声が追いかけてくる。
でも私は、もう振り返らない。
黒いレースの日傘を開いて、陽の光をさえぎる。
心まで、見えないように。
* * *
胸の奥が、微かに痛んだ。
淡いものが生まれそうだった。
たった今、それを強く、強く押し潰す。
これは“恋”じゃない。そんなものじゃない。
そう思い込む。
これは一時の錯覚。情けのようなもの。甘えだ。弱さだ。
私は“正義”を貫くって決めた。
それは独りよがりの、誰にも祝福されない正義だ。
でも、それでもいい。
世界を変えるために、私は“悪い女”になるって、決めたんだから。
それでも、優しい目の少年のことが、胸の奥に焼き付いてしまっている。
彼を背に、私は人ごみの中に紛れていく。
ふり返ることはない。
戻らない。戻らない。戻らない──。
それでも、
あの優しさが、胸の奥で小さく灯ったまま、消えてくれない。
……ほんと、最悪。
──さよなら、風間圭介。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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