表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第5章 触れる掌、揺れる未来
55/69

5-11 人と繋がる力

 カトラリーと食器が小さく触れ合う音。

 天井から吊るされた柔らかな光が、白いテーブルを暖かく照らし出す。

 けれど、その空気をかき乱すように、春香の声が弾けた。


「いやぁ〜〜、全身バッキバキだわ……!」


 春香が椅子にどかりと腰を下ろすなり、肩をぐるぐる回して思い切り伸びをした。

 ジャケットを背もたれに引っ掛け、トレイの上のオムライスを見つめて満足げに笑う。


「舞谷さんとの模擬戦、すごかったって聞きました」


 恭子が静かに声をかけると、春香は目を細めて頷いた。


「すごかったのよ、ほんと。真っ直ぐすぎて怖いくらい。ああいう人、私、好きだな。……まだ拳でしか話してないけど」


「でも、拳で通じ合えるってすごいです。そういうの、春香さんらしい」


「おっ、今日はアリスちゃん目が冴えてるじゃん?」


 春香が茶化すように笑い、アリスはむっとしたように口を尖らせた。


「私いつもそんな眠そうな目をしてる? ……昼寝してただけよ。ほんの二十分くらい」


「また夢を見たのか?」


 玲次の問いかけに、アリスはわずかに目線を逸らしてから、真っ直ぐに答えた。


「相変わらずのやつをね。でも、それより」


 一拍置いて、彼女は姿勢を正す。


「情報班と話してきた。私の予知夢について、正式に本部内で共有してもらえることになったの」


 その言葉に、恭子が目を見開いた。


「本当に……? それって、すごいことなんじゃ……」


「うん。でも、まだ“信頼された”ってほどじゃない。ただ、“無視されない”位置には立てたと思う」


 静かな語調だったが、その言葉には確かな手応えが滲んでいた。


「すごいな……ちゃんと、向き合ってる」


 ぽつりとこぼれた圭介の声には、どこか羨望にも似た感情が混ざっていた。


 玲次がトレイを置き、グラスの麦茶に手を添える。


「……よし、場が整ったな。圭介、話しておけ」


 その静かな促しに、圭介は一瞬目を伏せ、それから息を吸って顔を上げた。


「……みんなに、話しておきたいことがあるんだ」


 声は少し震えていたが、迷いはなかった。


「今日、俺の能力が発現して、ちょっと暴走しちゃったから研究班で見てもらったんだ。……その結果、はっきり分かった。俺の能力は、“触れた相手の能力を、一時的にコピーする力”って」


 一瞬の沈黙の後、圭介は続けた。


 「だから俺の力っていうか……その……借り物みたいなもんなんだけど」


 ──あの時、拓夢を守れなかった。自分には“何もなかった”ことを、思い知らされた。今も“自分には”、何もない


 自嘲気味に肩を竦めて笑う。その横顔に張り付く不安定な影を、春香が一気に吹き飛ばす。


「いやいや、人と繋がる力でしょ? 圭介らしいじゃん、まったく」


 にっと笑いながら、グラスを傾ける。


「人の力を借りるってことはさ、その人を信じてるって事だからね。」


 アリスが続けると、圭介は思わず目を見開く。


「……借りた力で、誰かを守りたいと思うなら。それはもう、圭介自身の力だよ」


 恭子の言葉は柔らかく、けれど芯の通った響きを持っていた。

 その声に、圭介の喉の奥が詰まる。


「……お前は、誰の力でも、自分の中で“意味”を持たせられるだろう。……それが、お前の強さだ」


 玲次の静かな言葉が、深く胸に染み渡った。


 圭介はしばらく黙っていたが、やがて、ぽつりと微笑んだ。


「……なんか、こうやって言ってもらえると、少しだけ自信、持てそうです」


「持ちな持ちな! 今どきそんな誠実さ、貴重なんだから!」


 春香がグラスを掲げる。


「じゃ、せっかくだし乾杯しよっか。全員麦茶だけど、気分はビールだと思ってさ!」


「……なんだか、逆に贅沢に思えてきました」


 アリスが笑い、恭子も小さく頷いた。


「うん、今の私たちに、ぴったりかも」


 それぞれのグラスが掲げられる。

 透き通った琥珀色が、淡い照明にゆらめいた。


「今日の出会いと、成長と――つながりに。乾杯!」


「乾杯!」


「かんぱーい!」


 グラスが触れ合う音が、音もなく夜に溶けていく。

 ほんのりと湯気の立つ料理、頬を緩ませる笑い声。

 それらすべてが、確かにここに生きていると教えてくれる。


「いただきます!」


 一斉に手が動き出す。スプーンがオムライスに沈み、箸がから揚げをつまむ。

 ささやかな音と声が重なり合い、食堂の一角に、ささやかな温もりが満ちていく。


 未来はまだ、靄の向こうにある。

 けれど、いまこの瞬間だけは確かに──

 誰かと繋がった、この食卓の灯りが、胸の奥に優しくともっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

▶ 過去編を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ