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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第5章 触れる掌、揺れる未来
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5-10 手の中にあるもの

 金属の鈍い音が、規則的に室内に反響していた。


 GIFT HOLDERS本部・研究班が管理する“監禁区画”。危険性がある能力者を収容をする、分厚い鋼壁と特殊制御フィールドに守られた密室だ。


 その中心で、風間圭介は硬質な床にあぐらをかいていた。掌を見つめ、眉根を寄せたまま動かない。


「……どうした少年、さっきのド派手な稲妻はどこ行った?」


 斜向かいに立つ嵐原轟姫が、腕を組んで呟く。突撃班の班長にして、雷を操る異能者。今しがたまで雷の練習をつけていたが──


 結果は、何も起こらなかった。


 雷の一つも走らず、圭介の掌は静まり返っていた。


「出そうとしてるんですが……まったく反応がなくて」


 圭介の声は困惑に揺れていた。


 あれほどの雷を、数十分前には全身から放っていた。先程の光景が幻だったかのように沈黙している。


 嵐原も眉をひそめる。


「本当に、さっきのはお前の力だったのか……?」


「……わかりません。でも、あれが“僕の中から”出たのは、確かです」


「ふーん……じゃあ、コツでも思い出せ」


「……それがわかれば苦労しません」


 苦笑混じりに答えた圭介に、嵐原は肩をすくめるだけだった。


 そのやり取りを、監視窓越しに見下ろす男が一人──研究班班長、喜多川だった。


 白衣も着ず、だらしなくよれたシャツに派手な猫柄スリッパ。三十代とは思えぬ生活感のなさ。ボサついた黒髪と不精髭に隠れがちだが、彼の脳はこの世界のどの超能力者よりも鋭敏だった。


「うーん……何も起きんね。何もかもが嫌になって大爆発でもするかと思ったが」


「あんた、それ見たくて黙ってたんじゃねぇだろーな」


 モニター越しのやり取りに、嵐原が呆れたように言うと、喜多川は悪びれもせず笑った。


「まあまあ。でないと新しいデータってのは得られんもので」


「研究者のテンションで人命を賭けるなっての……」


 呆れたように吐き捨てたそのとき、喜多川の背後の扉が音もなく開いた。


 冷えた空気が入り込み、氷川玲次が足音も立てずに現れる。


 紺藍のショートジャケットに身を包み、無表情のままモニターに目を向けた彼の双眸が、瞬時に室内の状況を把握する。


「──圭介の暴走、沼波から報告を受けた」


「ほう」


 喜多川が眼鏡を押し上げ、口元に笑みを浮かべる。


「ちょうど君の力も観測したいと思っていたところだ。……入るかい?」


 玲次はわずかに頷くだけで、隔離室への扉を開いた。


 嵐原が怪訝そうに眉をひそめる。


「なんだよ、あんたまで来たのか」


「他に適任がいるか?」


「……チッ、好きにしろ」


 玲次は嵐原に背を向け、圭介の前にしゃがむ。


 目線を合わせると、わずかに目を細めた。


「手を見せろ」


 圭介が戸惑いながらも掌を差し出す。玲次はその中心に指を添えるように、静かに触れた。


「……力の発現には、構造上“接触点”が必要なタイプが多い。お前の発動条件も、おそらく……」


 瞬間。


 空気が凍った。


 圭介の掌から、白い霧が立ち昇る。金属が軋むような音と共に、周囲の温度が急降下した。


「氷……!? 今度は冷気か!」


 嵐原が思わず身構えた。冷気は瞬く間に床を這い、天井へ昇る。フィールドがなければ、部屋全体が凍結していただろう。


「──落ち着け、圭介」


 玲次の声が低く響いた。


 冷気がさらに強まろうとしたそのとき、玲次は掌を軽く握るように圭介の手を包み込んだ。


「力は流れだ。指先から漏れる前に、自分で止めろ。意識を、手の内側に集中しろ」


 圭介は懸命に頷いた。


 全神経を、手の中へ。


 流れ出す冷気の奔流を、自分自身で包み込むように──


 やがて、霧が静かに鎮まり始めた。


 制御できている。


 たしかに、自分の意思で。


「──できた、のか……?」


 圭介が呆然と呟く。玲次は静かに頷いた。


「少なくとも、暴走は止まった。……発動の“鍵”も、掌だとわかった」


「ちょっと待て、玲次」


 嵐原が言葉を挟む。


「雷に冷気……これはもう、天気でも操る力なんじゃねぇか?」


 だが、玲次は静かに首を振る。


「違う。条件は“接触”。さっきの暴走も、嵐原、お前が圭介と握手した直後に発生していたと聞いたが間違いないか?」


「……あぁ、そうだったが」


「なら、もう一つ試す必要がある。外にいる沼波を呼べ」


 喜多川の笑みが、さらに深くなる。


「ふむ。僕も同じことを考えていたよ。仕上げといこうか。──入ってもらおう」


 制御室の外で待機していた男が、呼び出しと同時に扉を開ける。


「よう、少年。さっきぶりだな」


 タオルを肩に引っかけ、ぬるく笑いながら沼波渋淇が現れた。


「沼波、圭介の手に触れろ」


「はいよ。こっちでいいか?」


 圭介が差し出した手に、沼波の手が重なる──


 ドン、と低く地を打つ音。瞬間、足元から水柱が噴き上がった。


 咄嗟に圭介が息を呑むが──


「──大丈夫、止められる」


 玲次の声を頼りに、圭介は意識を指先へ集中させた。


 水が一瞬、蛇のように揺れ──やがて、すうっと収まっていく。


 自分で、制御できた。


「なるほどな……」


 玲次が確信を込めて言う。


「こいつの能力は──模倣だ」


 喜多川が両手を打ち鳴らした。


「やっと核心にたどり着いたな! 接触を起点に、対象の能力を一時的に写し取る。これは面白いぞ!」


 両手を広げて大股で制御室を飛び出してくる喜多川に、嵐原が小さく嘆息する。


「で、こいつはもう監禁対象じゃねぇってことでいいのか?」


「ああ。能力発動の条件もわかったし、最低限の制御もできている。少なくとも、緊急の危険は脱したと見ていい」


 喜多川はそこで圭介に指先を向ける。


「ただし……これからは週に一度、ここに通ってもらうよ。君の能力、もっと詳しく調べたい。拒否権は、ない」


 圭介は少しだけ戸惑ったが──すぐに、覚悟を宿した瞳で頷いた。


 自分の力がわかるなら。


 この手で誰かを救えるなら。


「──よろしくお願いします」


 その一言に、玲次がわずかに笑みを浮かべたように見えた──気がした。

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過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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