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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第4章 風も凪ぎ、砕けし声は光の中へ
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幕間 崩壊の交響曲

 重苦しい静寂が、沈黙の帳のように部屋を包んでいた。

 壁は漆黒の大理石で覆われ、天井は高く、光源は天頂に吊るされた古びたシャンデリア一つ。鈍く金属のように冷たい光が、部屋の隅々にまで静かに落ちている。


 深紅の絨毯は足音すら吸い込み、床に刻まれた円形の紋章だけが、主の思想を物語っていた。


 その中心に据えられた黒漆の円卓を囲むように、六脚の椅子が置かれていた。

 五人の男女が、すでにその椅子に座していた。片倉麗一――組織の頂点に立つ男を除いて。


 その中のひとり、場違いにも見える若い少女がテーブルの脚を爪先でつついていた。

 黒いドレスに透けるような白い肌、どこか古びた人形のような外見の少女――月嶺(つきみね)かすみは、小さくため息をついた。


「……ねぇ、まだ? これ、いつ始まるの?」


 誰が応じるより先に、扉が静かに開いた。

 白手袋をつけた長身の男――片倉麗一が、無音の歩みと共に入室し、会議卓の先端に腰を下ろす。

 すべてが、整えられた儀式のように無駄がなかった。


「各員、よく集まってくれた。……時間を取らせたな」


 落ち着いた声が空気を切り裂く。

 そしてすぐに、形式的な前置きもなく本題が始まった。


「“次元移動”の能力を持つ少年――件の対象は、先ほど無事に確保された」


 空気が微かに凍る。


「能力の解析は継続中だが、判明した特性からしても、我々が待ち望んだ存在であるのは間違いない。……もっとも、現時点ではこちらの理念に同意を得られていない。説得を進めているところだ」


 その言葉が終わるより先に、月嶺がくつくつと笑い出す。


「ふーん? 説得ねぇ……そんな簡単に話が通じる子なの?」


 片倉は一瞥をくれたが、感情の起伏は見えなかった。


「問題はない。相手は子供だ。どのような手段を用いても、最終的には我々に従わせる」


 その言葉に、月嶺の眉がわずかに動いた。


「……子供、ね」


皮肉を含んだような笑みが、月嶺の口元をゆがめる。

彼女もまた高校生ほどの年齢。その言葉に自分も含まれているのは明白だった。


「せっかく“会議”なんでしょ? 他のみなさんはどう思ってるの? 説得されるまで、お行儀よく待ってるわけ?」


 奔放な言葉に、黒田が苦笑まじりに肩をすくめる。


「お嬢さん、大人にとって会議ってのはな、上司の言葉にうんうん頷くためのもんなんだよ」


「はっ、くだらない。……腐った大人の思想を押し付けないで」


 片倉は応じず、視線を滑らせた。


「――西蓮(さいれん)。この娘はなぜ会議に参加している? 辺境で保護した“迷子の子供”だと聞いているが」


 応じたのは、対面に座る女性――西蓮だった。

 白衣をまとい、円熟した色香を漂わせる容貌と落ち着き。だが、声には一片の温度もない。


「なぜって? 彼女は、“我々の意志”に心から賛同した数少ない存在よ。潜在能力も高い。……手駒に留めておくには惜しいと思わない? 会議に加えるのは妥当な判断よ」


 片倉はしばし黙し、わずかに目を細める。


「君がそう考えるのなら構わない。ただし、責任は持ってもらう。場を乱す者は、この机に相応しくない」


「……ふふ」


 月嶺が笑った。叱られることすら、遊戯の一部のように。


「私に任せてみなさいよ。次元がどうとかって子供でしょ? 私が“説得”してあげる。すぐに、こちら側に引き込んでみせる」


 片倉の瞳が一瞬だけ冷える。


「許可できない。素性の知れぬ者に任せる任務ではない。これは最重要案件だ」


「なら、私も同行するわ。それでいいでしょう?」


 静かに西蓮が口を挟んだ。

 片倉はわずかに沈黙し、頷いた。


「君が責任を持ち、制御できるというのなら、任せよう」


「やれやれ……ずいぶんと元気な子が来たもんだねぇ」


 黒田が椅子の背に体を預け、唇の端を吊り上げる。


「ふふっ、国を変えるんでしょ? だったら、“まともな感性”を持ってる若者が加わるのは当然じゃない?」


 月嶺が得意げに言い放った。片倉は、その言葉にほんの僅か、口元を動かした。


「……その覚悟があるなら問題はない。我々はこの国を作り変えるのだからな」


 そして、次の瞬間――全員が、ほぼ同時に、しかしまったく異なる言葉を口にした。


 


「この国の繁栄のために」――片倉は静かに。

「片倉様の望みのままに」――橘はうやうやしく。

「俺が長生きするために」――黒田は吐き捨てるように。

「この我が真なる王として君臨するために」――白坂は誇らしげに。

「この国が正しくあるために」――西蓮は囁くように。

「まずは腐ったこの国をぶっ壊す」――月嶺は愉しげに。


 


 それは――

 調和という仮面をかぶった、異端たちの合唱だった。

 誰一人として、同じ未来を望んではいない。


 だが不思議なことに、彼らの声は確かに“同じ方向”を指していた。

 崩壊と再生。その境界線へと向かって――


* * *


 荘厳な扉が静かに閉じる。

 石造りの廊下に響くのは、彼女のヒールの音と、白衣の裾が擦れるささやかな布の音だけ。


 部屋の外も、静謐にして重厚。窓はなく、密室のような設計。

 空調は完璧で、空気は清潔だが、どこかで“外”を拒絶している。

 まるでこの空間全体が、一つの密やかな棺のようだった。


 月嶺は無言のまま歩き続ける。その横を、白に包まれた女が静かに並ぶ。

 表情は変えるが、声はいつも無機質。感情という熱を持たない人形めいた人。


 それでも、彼女の隣は落ち着く。なぜか。

 答えは簡単。西蓮は、月嶺を“必要としている”から。

 自分という存在を、ここに繋ぎ止めてくれるから。


 「……さっきの会議、まあまあだったわ」


 月嶺が言うと、西蓮は歩を止めず、顔だけを傾ける。


 「意見をぶつけられたことが、嬉しいの?」


 「ぶつけたんじゃない。叩き込んだのよ、歪んだ空気に一発。

  あの場にいるヤツら、“子供”ってだけでわたしを舐めてる。ムカつくでしょ?」


 彼女の声は柔らかさを装っている。けれどその内側には、尖った衝動があった。

 どす黒い怒りが、芯のように身体を貫いている。

 見下され、捨てられてきた過去が、彼女の言葉を硬くする。


 「拓夢って子、説得するって話だけど――まあ、わたしなりにやるわ。

  話してわかんないなら、“力”で教える。今の世の中って、そういうもんでしょ?」


 「つまり、暴力的に、ということ?」


 「“暴力”って言い方は好きじゃないわね」


 月嶺は口角を上げる。


 「ちょっと“可愛がる”だけよ」


 西蓮は何も言わない。けれど彼女の歩みは止まらず、否定もしない。


 「必要とされてるのに拒むなんて、贅沢じゃない?

  言葉が響かないなら――まあ、響くまでやるわ。

  そうして、わたしは“意味のある存在”になるのよ」


 意味。

 それは月嶺がずっと求めていたものだ。

 ゴミ捨て場のような街で、誰からも顧みられず、何者でもなく生きてきた。

 ただそこにいるだけで価値があるなんて、信じたことがなかった。


 「……霞、あなたは今、自分を試しているのね」


 「当然。こんな場所に足を踏み入れたからには、わたしはただの子供じゃいられない。

  あんたたちが国を変えようってんなら、わたしはその尖兵になるわよ。喜んで」


 その声には、虚勢と自虐と、ほんのひとかけらの希望が混ざっていた。

 西蓮はそれを、ただ黙って聞いていた。


 「……もし、わたしが使えなかったらどうする?」


 「そのときは、私が責任を持って処理するわ」


 「冷たいのね」


 月嶺は笑った。けれど、それでいいとも思った。


 自分を利用する者なら、自分を切り捨てる冷酷さも持っていてほしい。

 だからこそ、信じられる――そんな歪んだ安心が、彼女の奥底にはあった。


 「まあでも、大丈夫よ。説得、きっとうまくいく。

  この手で、“わからせる”つもりだから」


 静かな空間に、彼女の声だけが響く。

 壁に囲まれた世界。逃げ道のない閉鎖空間。


 だが、ここは彼女にとって、生まれて初めて、自分の声が届く場所だった。


 白と黒――無表情な大人と、虚飾に彩られた少女が、静かに並んで歩いていく。

 その背に、確かな影が伸びていた。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 幕間を描いている時が一番活き活きとしています。描きたい事を詰め込んでますからね。


 少しでも心に波が立ったなら、感想やレビューで教えてください。気に入ったエピソードはブックマークしてくれると嬉しいです。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
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