表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第4章 風も凪ぎ、砕けし声は光の中へ
43/69

4-12 残光

 白坂は、あくまで悠然と、何かを見下ろすように言った。


「我に物理的拘束など、端から意味を成さぬ」


 その言葉に、圭介の眉がわずかにひくつく。


「……どういうことだよ」


 問いというより、ただの呟き。だが白坂は、王のような余裕を以て語り始めた。


「普段、我は力の半分しか出しておらぬ。さもなければ、この身を留めておくことすら困難だからな」


 その声音は、まるで絶対の法則を語るかのようのようだった。


「出力を全開にすれば、我は肉体を構成する必要がなくなる。つまり——光そのものとなるのだ」


 空気が凍りつく。


「光の粒子となった我に、どんな檻が通じる? 氷も、鉄も、炎でさえも、すり抜ける。ただそれだけだ。もちろん、その間は物に触れることもできぬ。不便だが——逃げるには、十分だ」


 玲次が、奥歯を噛み締めた。圭介もまた、無意識に拳を握りしめる。


「……じゃあ、どうすりゃいいんだ……」


 物理攻撃が通じない。触れることすらできない。どんな連携も、策も、力も——無意味だというのか。


 白坂は、つまらなそうにため息を吐いた。


「そろそろ——終わりにしよう」


 次の瞬間。


 ——視界が白く塗り潰された。


 激しい閃光。目が焼かれるような感覚。


 だがその直後、衝撃が全身を襲った。


「——ぐッ!」


 声にならない悲鳴が、次々に巻き起こる。


 白坂の姿は一閃ごとに“消え”、そのたびに誰かが吹き飛ばされていった。

 玲次が、春香が、恭子が、アリスが、空西が、圭介が——次々に。


 一撃。たった一撃ずつ。にもかかわらず、全員が地に伏せられた。


 ただ一人、攻撃を受けなかった者がいた。


 ——拓夢。


 白坂は、驚くほど柔らかく、少年の体を抱き上げていた。


「離せッ! 離さないと、お前をこのスケッチブックに閉じ込めるぞ!」


 拓夢が、必死にスケッチブックを突き出す。

 その表情に怯えはない。覚悟があった。——たとえ、それが叶わぬ行動であっても。


 玲次は、冷静に見て取った。

 (無理だ……あのサイズじゃ、白坂は収まらない……)


 拓夢の能力には条件がある。対象と同等か、それ以上の面積が必要だ。小さなスケッチブックなど、白坂を閉じ込めるには到底足りない。


 だが白坂は、それを知らない——あるいは、知らないふりをした。


「ほう……それは怖いな」


 と口では言いながら、白坂の体はふわりと宙に浮いた。


「ならば、貴様の反撃が叶わぬところまで行こう」


 そう言った次の瞬間——白坂の足元に光が集い、閃いた。


 風すら巻き込まず、音すら置き去りにして。

 白坂の身体が、爆発的な加速で跳躍する。拓夢を抱えたまま、まるで光の矢のように——天へ。


「あっ……!」


 誰かの呻きが、追いつく暇もない。


 一閃。


 それだけで、白坂の姿は、もはや空のどこにもなかった。


 残されたのは、瓦礫と、倒れ伏した仲間たちだけ。


 春香が、かすかに呻いた。玲次は意識を保ってはいたが、体がまるで言うことを聞かない。恭子とアリスも倒れ伏し、呻くことすらできずにいた。圭介もまた、地面に這いつくばったまま、ただ空を見つめていた


 そして——


 微かな呼吸音が、崩れた瓦礫の間から漏れた。

 仰向けに倒れた空西が、震える指で通信機のスイッチを押しながら、かすれた声を絞り出す。


「……こちら空西……救護要請……対象六名……、場所は、セクション・セブン……」


 そこで通信が途切れる。

 空西の意識が、深く沈んでいった。



 * * *



 風が、耳元で悲鳴を上げていた。


 目の前に広がるのは空。

 下を見ると、もうどこが地面かも分からない。世界は豆粒みたいに遠ざかって、景色のすべてが霞んでいた。


 拓夢は、白坂に抱えられたまま、はるか上空へと運ばれているのを理解していた。身体が宙にあることも、もう地面には戻れないことも、肌で感じている。


「離せ……離せよっ……!」


 叫びながら、拓夢はスケッチブックを胸の前で構えた。震える手で、それでも必死に。


「閉じ込めてやるからなっ……! この中に、ぶちこんでやるからなっ!」


 強がりだった。けれど、それが彼にできる、唯一の反撃だった。


 白坂は、楽しげに笑った。


「ほう、それは怖いな。だが——」


 その目が、氷のように冷たくなる。


「我がここで消えたら、貴様はどうなる? 地上へ、まっ逆さまだぞ?」


 拓夢の喉が詰まる。

 けれど、負けるわけにはいかなかった。


「へ、へーきだし……! オレ、自分をスケッチブックに閉じ込めて……着地したら、また出るから!」


 自分でも何を言ってるか、少しだけ分からなかった。

 それでも白坂に対抗するには、それしかなかった。虚勢を張るしかなかった。


「ならば——やってみろ」


 その声と同時に、白坂の腕が離された。


「えっ」


 一瞬、世界が止まった気がした。


 次の瞬間、拓夢の身体は空へ放たれた。

 落ちる。落ちる。風が叫び、景色が反転し、空と地面の境が狂っていく。


「う、うわああああああああああッ!!」


 叫ぶしかなかった。

 何もできない。能力も、勇気も、何の役にも立たない。

 ただ、落ちていく。吸い込まれるように。


 ——死ぬ。


 初めて、本気でそう思った。


 だが。


「……っ!?」


 急に、落下が止まる。

 体が、空中でふわりと受け止められた。


 驚いて顔を上げると、そこにはまた白坂の顔があった。


「やはり、できぬな」


 白坂は薄く笑った。

 その笑みは優しさではなく、支配する者の冷ややかな慈悲だった。


「貴様を生かしているのは、その方が我らにとって都合がいいからというだけだ。次は……受け止めぬぞ」


 その言葉は、鋭い刃のように拓夢の心を貫いた。


 拓夢は、震えながら顔を横に振った。

 何度も、何度も。

 もう逆らわないと、自分でも分かるくらいはっきりと、首を振った。


 ——負けた。


 でも。


(……こ、こわかった……おしっこ漏れちゃったし……)


 それでも拓夢は、目を閉じて、心の中で小さく呟いた。


(でも……逃げなかったもん……ちょっとだけは……勇気あったよね……玲次兄ちゃん……)


 風の音がまた、静かに耳に戻ってきた。

 拓夢は、白坂の腕の中で小さく丸くなりながら、どこへ運ばれていくのかも分からないまま、ただ——空を漂っていた。


 ここまで読んでくださりありがとうございます。


 少しでも心に引っかかるものがあれば、感想やリアクションで教えてください。

 あなたの“言葉”が、物語を進める“力”になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

▶ 過去編を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ