4-8 降臨せし光の王
——それは、光だった。
けれど、朝陽のように静かで優しいものではない。
それは、世界の法則そのものを歪める“何か”だった。
空に、裂け目のように現れた異物。
最初は、遠くの空を横切る彗星かと思った。だが、それはすぐに様相を変えた。彗星のように尾を引くどころか、むしろ逆に、空の奥から“こちらへ突き立ってくる”ように拡大していった。
圧倒的な密度と熱を孕み、光は脈動していた。
雲を焼き払うように。夕暮れの残光を掻き消すように。
まるで空そのものが灼け、悲鳴をあげているかのように——。
アリスの喉が、きゅっと閉じた。
「あ……」
息が詰まる。心臓が一拍、遅れて跳ねた。
——もしかして、この光……。
彼女の瞳の奥で、記憶が閃光のように蘇る。
昨夜、眠りの中で見た悪夢。それは、ありふれた予知夢とは違った。感覚のすべてが現実だった。皮膚が焼け、肺が爆ぜ、意識ごと粉砕されるような感触。あの夢の中で、自分はこの“光”に呑まれていたのか。
(まさか、こんなに早く——!)
震える手が、自らの胸元を握る。冷たい汗が背筋を伝い、脳裏にあの時の“焼け付く音”がよみがえる。
音も、風も、時間さえも壊れていく、あの終末のような光。
なぜ言わなかった? なぜ、誰にも伝えなかった?
言葉にするのが怖かった。自分の見た未来が、誰かの命を奪う現実になるのが。
「っ……!」
膝が笑う。視界が波打ち、霞む。
そのとき——。
「アリス、大丈夫!? 顔、真っ青……!」
春香の声。どこか遠くで水の底から響くような、くぐもった音。アリスの傍らに膝をつく春香の顔が、滲んだ世界の中で揺れていた。
「ちがう……違う……ちがう……っ!」
喉の奥から迸る声は、感情の重さに耐えきれず、掠れていた。
「逃げて……みんな、ここ、もうすぐ——!」
目の前の空が、裂けていた。
いや、裂けているように“感じた”のだ。
そこにまだ何も起きていないはずなのに、空間そのものが、あの光の圧に耐えきれず歪んでいくような、感覚の侵略。
恭子が駆け寄り、アリスの肩を抱いた。
彼女の手が冷たいのか、それとも自分が氷のように冷えているのか、もうわからない。
「落ち着いて、アリス……何が起きるの?」
「光が……光が来るの……お願い、間に合わない、早く逃げてっ!」
彼女の叫びに、辺りの空気が凍る。
玲次が静かに立ち上がり、険しい目つきで空を見上げる。
まだ地面に膝をついていた空西に目をやると、手を伸ばしながら問いかけた。
「立てるか、空西」
一瞬の沈黙。そして、空西はその手を振り払うように、無理やり自分の膝に力を込めた。
「いや……もう、動ける。やれる」
立ち上がるその姿は、血まみれでありながらも、凛としていた。
彼はアリスと同じように、空を見上げた。その視線の先——
そこには、もはや言葉では言い表せない、巨大な光の塊が浮かんでいた。
彗星でも、落下物でもない。あれは、意思を持った何かだ。光の圧力が地上に降り注ぎ、地面が軋む。
「……逃げても、もう間に合わん」
空西の声は、不思議なほど静かだった。
それはあきらめでも、絶望でもなかった。ただ、確かな“理解”を宿した声。
そして——
次の瞬間、世界が崩れた。
「——ッ!!」
音ではない。
“衝撃”だった。
耳が聞こえなくなるような爆音と共に、地面が捲れ、空気が爆ぜた。熱風が一帯を焼き払い、砂塵が壁のように押し寄せてくる。
「アリス、こっち!」
春香が叫ぶ。アリスの腕を掴み、かろうじて爆風を避けるように伏せる。
皮膚を焼くような熱と、耳を裂くような風。そして、その中心にある“何か”の存在が、世界の重力を狂わせていた。
やがて風が止み、砂塵がゆっくりと晴れていく——。
そして、そこに。
一人の男が、立っていた。
まるで、光が人の姿をとったような存在だった。
純白のスーツ。爆風に曝されたはずのその布地には、微塵の汚れもない。ネクタイの端ひとつすら乱れておらず、足元の革靴にさえ、埃ひとつ見当たらなかった。
だが、それ以上に、目を釘付けにしたのは“存在感”だった。
男が一歩、地に足をつけた瞬間。
空気がひしゃげた。世界そのものが、彼の登場を中心に再構築されるような感覚。
まるで、ここが彼の“舞台”であるかのように。
「誰だ……お前は」
玲次が問う。低く、張り詰めた声。
男は、ゆっくりと顎を上げた。
その仕草ひとつにさえ、支配者の風格が宿る。彼は周囲の誰とも“視線を合わせなかった”。いや——合わせる必要がなかった。
「ほう……知らぬか。哀れなことだ」
唇の端に、微笑とも侮蔑ともつかぬ笑みを刻む。
そして、静かに名乗った。
「我が名は——白坂光輝」
その声は、耳ではなく、心臓に響いた。
「人の頂に立つ者。
光とともに生まれ、光そのものを統べる。
——人類最強の男だ」
世界が、止まったように感じた。
誇張でも、虚勢でもない。
その語り口には、何ひとつ迷いがなかった。
それは“自信”ではない。“確信”だった。
自らが頂点に立つことを、天に定められた運命だと信じて疑わぬ者の声。
圧倒的な“真実”として、その言葉は空間を支配した。
——光は、彼の名の通り、この地に降臨したのだ。




