表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第4章 風も凪ぎ、砕けし声は光の中へ
38/69

4-7 すれ違いの果て

 崩れ落ちた鉄骨が無数に散らばる瓦礫の中、襲撃者はうつ伏せのまま地面に身を預けていた。肩で荒く息をつき、痙攣するように指先を震わせている。


 その背中に、夕日が差し込んでいた。沈みかけた陽が、瓦礫の影を長く引き伸ばし、敗者の輪郭をゆっくりと浮かび上がらせる。


 彼の表情には、怒りも憎しみもなかった。あるのは、ただ――敗北感。


 「……俺が……GH第二班、制圧部隊の俺が、こんな場所で敗れるとはな……」


 かすれた呟きが、乾いた風にさらわれる。

 その一語が、氷川玲次の内側を静かに切り裂いた。


 明確な名称だった。それも、外部の人間がそう簡単に知り得るはずのない、GH本部の内部所属名。聞き間違いでなければ――いや、そんな偶然があるはずがない。


 思考が刃のように研ぎ澄まされる。


(……まさか。いや、そんな馬鹿な話が……)


 脳裏に走る一通の通知。いつの事だったか、第二班の班長が交代したとの情報が、第八班にも共有されたことを思い出す。名までは記されていなかったが、それでも――


 「念のため、意識を奪って拘束しておくべきじゃない?」


 栗原春香が一歩踏み出しかけたその瞬間、玲次は無言で腕を伸ばし、彼女の前に立った。


「……待て、春香」


 低く、だが決して逆らえない声だった。


 春香は一瞬、戸惑いを浮かべたが、玲次の目を見てすぐに立ち止まる。その瞳には、確信があった。戦闘の終わった今でも、研ぎ澄まされた直感が、敵意の消失を察知していたのだ。


 玲次は倒れた男に視線を戻し、静かに言った。


 「……彼は、敵じゃない」


 口にして、確信が落ちてくる。重く、静かに。


 その言葉は、自らにも向けた確信だった。口にした途端、得体の知れない靄が一気に晴れていく。理解が、重く、冷たい氷塊のように胸へ落ちてきた。


 味方だった。最初から。


 ただ情報が錯綜し、接触経路を誤った。それだけのことだった。


 相手――男も、それに気づいたように、ゆっくりと顔を上げた。切れ長の目が、苦しげに細められ、それでもこちらをまっすぐに捉える。


 「……まさか……お前らも……GHの……?」


 玲次はひとつ、肩を回し、呼吸を整えてから短く名乗った。


 「氷川玲次。GH第八班、遊撃部隊所属」


 男の瞳がわずかに見開かれ、そのまま眉が上がる。


 「第八班……? どおりで見かけないわけだ……」


 「独立部隊だからな。必要がない限り、顔を合わせることもない」


 玲次の口調はあくまで平静だったが、その内側では全身の神経が、まだ戦闘の余熱に焼かれていた。血の鼓動が強く、喉奥に残る鉄の味すら消えない。


 「……そうか。……こっちも、能力者の子供を襲ってるように見えて……」


 男は仰向けになり、重くなった呼吸をひとつ吐き出す。皮肉のような、乾いた息が夕空に消えていく。


 「……空西カケル。GH本部、第二班の班長だ。……まさか、仲間同士で命の取り合いとはな」


 その言葉に、玲次の口元にも苦い笑みが浮かんだ。軽く頭をかいたあと、小さくつぶやく。


「皮肉だな。俺は“仲間を守るための戦い”だと、信じていたのに」


「ほんとにな……」


 その瞬間、ふたりの間に沈黙が落ちた。だがそれは、緊張ではなかった。安堵と、ほんの少しの後悔とがないまぜになった、静かな空白だった。


 過ちを悔いている暇はない。だが、それを噛みしめる時間は必要だった。


 そのときだった。


 「……ねえ、あれ……なに?」


 恭子の声が、静かに空気を切り裂く。


 玲次たちが一斉に顔を上げると、恭子は朽ちかけた天井の隙間を見つめ、指を差していた。


 空。

 高く、広がる空の奥――。


 そこに、尾を引く白い光があった。まるで、空を裂く彗星のように。

 いや、違う。彗星ではない。あれは、一直線にこの地上を目指して――


 「流れ星……じゃ、ないな」


 思わず口をつく。


 それは希望の象徴でも、ただの自然現象でもない。

 確かに――こちらを、狙っている。


 「アリス、“未来視”で何か見えねえか?」


 玲次は背後の少女に振り返る。


 アリスは目をきつく閉じて、両手を頭でぐりぐり抑えながら唸っていた。だが、やがて申し訳なさそうに首を振った。


 「……ごめん、玲次さん。ちょうど切れてるの。……今は、何も見えない」


 その一言で、場の空気が一変した。


 誰もが見上げていた。

 地平線の彼方から、確実に、加速度を増しながら迫ってくる――あの光。


 風が吹いた。


 重たい空気を震わせるように。

 次に何が起こるかは、誰にもわからない。だが、確実に“何か”が起ころうとしている。


 ――静寂。

 その中心に、光の塊が真っ直ぐに突き進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

▶ 過去編を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ