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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第4章 風も凪ぎ、砕けし声は光の中へ
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4-5 氷刃と疾風

 「――ッ!」


 殺気。空間の温度が変わった。


 反射的に身体が動く。長年の勘と研ぎ澄まされた危機感が、脳よりも先に命じた。


 男が跳ねた。まるで空気そのものが裂けたかのように、静寂の帳を斬って目の前に飛来する。すでに至近。息を呑む暇もない。


 (速い……!)


 咄嗟に重心を後方へと傾け、左足を軸に上体を捻る。肩が滑るように空間をずれ、殺気の刃が空を裂いて通り過ぎた。遅れて風圧が肌を叩く。


 攻撃は、まるで重力の法則を嘲笑うかのようだった。


 黒いジャケットを羽織り、淡いサングラスをかけた若い男。見覚えはない。だが、その動きに素人の影は微塵もなかった。


 (……何者だ)


 冷静に、だが一瞬で状況を走査する。


 ここは廃倉庫。鉄骨の残骸、割れたパレット、コンクリ床には砕けた瓦礫が散乱している。通常であれば、少しでも踏み込めば音が鳴るはず。それなのに――まったく気配に気づけなかった。


 ふと、視界の端に異物を捉える。天井近く、錆びた排煙窓。そのガラスの一枚が、割れていた。


 (……上から、滑り込んできたのか)


 納得がいった。侵入経路の選定。気配の遮断。計算された動き。単なる奇襲ではない。


 (厄介な奴だな)


 次の瞬間、男が口を開いた。声は静かだった。機械のように無機質で、だが奇妙に響く。


 「子供は、未来の貴重な資源だ」


 その言葉に、玲次の瞳が細まる。


 「渡してもらう。まずは――邪魔なお前を消す」


 宣告のような言葉の刹那、空間が撹拌された。風が、動いた。否――男が、動いた。


 姿が風に溶けたかのように掻き消え、次の瞬間には玲次の喉元へと迫っていた。


 玲次は即座に右足を踏み込み、踵で床を擦った。冷気が彼の足元から波紋のように広がっていく。床を這うように流れた冷気は瞬く間に凍結し、氷の薄膜を形成した。同時に、革靴の裏に仕込まれたエッジが鉄床に音を立て、滑るように身体を旋回させる。


 その氷面をスケートのごとく滑り、風を裂く突進を寸前でかわす。


 (……浮いてる? いや、違う。あれは――)


 男は地に足をつけていない。まるで空気を蹴るように、跳ねるように滑る。通常の身体能力ではあり得ない動き。しかも、手には……。


 (見えない? 透明の……刃?)


 光を掠めた一瞬、わずかに歪んだ空間が視えた。空気を切り裂くような鈍い風音。直感が、命の危険を告げる。


 玲次は低く身体を沈め、地を這うようにその一撃を回避した。


 刃――いや、空気を纏った何かが玲次の頭上を通過していく。鋭さはあるが、わずかに角度が甘い。致命傷を与える意図はない。制圧、拘束。あくまで“生け捕り”を前提とした動きだ。


 (手加減のつもりか……甘く見るなよ)


 着地した男の僅かな隙を突き、玲次はすかさず氷面を滑走した。靴のエッジが鋭い音を立て、彼の身体を加速させる。狙うは、怯えた少年――拓夢。


 「っ……!」


 冷たく息を吸い、玲次は身をかがめて拓夢を抱き上げた。その動きに迷いはない。一秒の遅れも許されない状況の中、彼は拓夢の身体を軽々と引き寄せ、再び氷を走らせる。


 氷面に刻まれたスケート跡が白く弧を描き、廃倉庫の奥へと滑り込んでいく。


 (あと少し……!)


 破れたシャッター。その向こうに、人影。春香、圭介、恭子、そして――アリスの姿があった。


 「玲次さん!」


 アリスの声が、氷の上を走る玲次の耳に届いた。その声を信じ、彼は無言のまま拓夢を差し出すように滑り込む。アリスは膝をつき、その小さな腕で慎重に拓夢を受け取った。


 「こっちは任せて!」


 言葉に嘘はなかった。玲次は一拍、頷き――そして踵を返す。


 闇へ、風へ、沈黙へ。


 すでに倉庫の中は、静けさを取り戻していた。だがそれは、一時的な“待機”にすぎない。空気はまだ、剣のように張り詰めている。


 (……逃げないのか。なら)


 男はまだいる。沈黙の中で、次の動きを見極めようとしている。


 革靴のエッジが、静かに氷を削った。


 玲次は一歩、滑らせる。その足取りは、まるで舞台に上がるダンサーのように優雅で、それでいて殺意を秘めていた。


 (今度は――こっちから仕掛ける番だ)


 冷気が再び広がる。氷面に、玲次の意志が刻まれる。風を読む目、氷を操る足、冷徹なまでに研ぎ澄まされた判断力。彼の戦いは、ここからが本番だった。

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過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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