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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第4章 風も凪ぎ、砕けし声は光の中へ
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4-4 最終試験と乱入者

 さらに、一週間が過ぎた。


 鋼鉄の骨組みが剥き出しになった廃倉庫の中は、日が傾いた今もなお薄暗く、湿った空気が床のコンクリートにじんわりと張りついていた。


 天井の一部は崩れ落ち、鉄筋と配管が垂れ下がっている。西日がその隙間から射し込み、斜めに差す光は、埃の層を照らしながら天井から床まで一直線に降り注いでいた。床のあちこちには雨水が溜まり、くすんだ反射を返す水たまりが点在している。


 人気のない空間の中で、唯一動いていたのはひとりの少年だった。


 絵垣拓夢。スケッチブックを抱えて駆け回るその姿に、もはや初日の危なっかしさはなかった。動作に迷いはなく、反応速度も上がっている。扉を出すタイミング、距離感、角度――すべてが洗練されてきていた。


 (……もう、自衛する術は身についてきたか)


 玲次は目を細めた。感情を交えずに下した評価だったが、心のどこかに小さな寂しさが芽生えていることにも気づいていた。最初はただの任務。だが、時を重ねるうちに、そこに芽生えたのは――「弟分」とでも呼ぶべき存在への情だったのかもしれない。


 彼は無言のまま一歩を踏み出し、瓦礫を避けながら拓夢のもとへと近づいた。


「拓夢」


 呼びかけに、少年がくるりと振り返る。額からは滲む汗。頬は赤く火照り、呼吸はわずかに乱れている。


「うん!」


 張った声が返る。全身にまだ訓練の熱が残っているようだった。


 玲次は足を止め、言葉を選んでから告げた。


「そろそろ……お前に教えられることは、なくなってきた」


「え……?」


 拓夢の表情が一瞬、固まる。ぽかんと開いた口。少年らしい反応だった。


 玲次は片眉をわずかに上げると、視線を逸らさずに続けた。


「だから、“最終試験”をやる。実戦形式で、な」


 言い終えた瞬間、玲次の掌がわずかに開かれた。


 その両の手のひら。皮膚からは冷気が立ちのぼり、空気中の水蒸気が収束していく。見えない力が一点に集まり、湿った風がひゅうと唸ったかと思うと、白い霧が生まれた。


 氷が、形をとる。


 掌の中に現れたのは、鋭利な四本の氷針だった。透明なそれは、日差しを受けてかすかに虹色に輝いていた。冷たく、美しい。


 拓夢は反射的にスケッチブックを構え、半歩身を引いた。だが、玲次は静かに首を横に振る。


「外すつもりだ。だが……お前は“後ろに家族がいると思って”防げ。いいな?」


 その一言が、拓夢の心に火をつけた。


 少年の目から迷いが消える。代わりに宿ったのは、静かな覚悟だった。


 玲次は構え直し、片手を前に差し出した。


「――試験開始だ!」


 氷針が一斉に解き放たれる。


 空気を裂く、鋭い風音。軌跡は一直線。針は四本、それぞれわずかに角度を変え、拓夢の全身を覆うように狙いを定めている。


 ――直線。疾走。白い閃光。


 その瞬間、空間が凍りつくような沈黙に包まれた。


 針が到達するまで、あとわずか。


 拓夢はスケッチブックを掲げる。が、わずかに動きが遅れた――!


 キィンッ!


 金属を弾いたような音が炸裂した。氷の針が、空中で砕け散る。


 淡く輝く霧のなか、破片が舞い、きらきらと地面へ降り注いだ。


 そして、その中心に――誰かが立っていた。


 黒いジャケットに身を包んだ青年。涼しげなサングラスをかけ、長身の体を軽やかに落とすように着地する。その動きは獣のように滑らかで、周囲の気配さえ変えてしまうほどだった。


 男は中指でサングラスを押し上げると、口元をわずかに歪めた。


「ギリギリ間に合ったぜ――覚悟しろよ」


 軽口のようでいて、どこか底の知れぬ圧があった。


 声には戦いを知る者だけが持つ“色”がある。人を殺めるための音域。生き残るために研ぎ澄まされた発声。そのどれでもないのに、間違いなく“強者”の匂いがした。


 玲次の目が、わずかに見開かれる。


 その場にいた誰もが、動けなかった。風が止まり、空気が張りつめる。


 まるで、訓練の空気が――戦場の気配へと変貌したかのように。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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