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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第3章 絵は揺らめき、夢は焦がれり
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3-3 二次元への扉

「こっちも異常なし」


恭子が肩の力を抜き、小さくため息をついて報告する。春香も、やれやれと肩をすくめた。


「誰かがいた形跡もなかったわ。まったくの空振り」


俺も黙って頷き、もう一度周囲に目をやる。陽が高くなってきたとはいえ、公園の一角はまだひんやりとして、どこか空気が重たい。木陰の濃さが妙に気になった。


「……玲次さんは?」


ふと気づいて問いかけると、二人も同時に辺りを見回した。


「南側を調べてたよね。戻ってこないの、ちょっとおかしくない?」


「行ってみよう」


言葉を交わすよりも早く、俺たちは南の塀沿いへと足を向けた。


* * *


古びたブロック塀。その一角に、俺たちは“それ”を見つけた。


ぱっと見は、ただの落書きにしか見えなかった。だが――いや、だからこそ、信じられなかった。


壁に貼りつくように平たく描かれた人影。それが、“氷川玲次”だった。


色も形も本人そっくり。だけど、まるで紙に印刷されたみたいに、ぺたんこで二次元的。影がそのまま具現化したような、奇妙な存在感があった。


……なのに。


「困ったことになった。助けてもらえないか?」


壁の“絵”が喋った。


口が動いて、声が発せられ、目が、はっきりとこちらを見ていた。


「……えっ?」


俺は絶句した。


「まさか、これが……玲次さん?」


「くそっ、どういう理屈よ、これ……」


春香が顔をしかめて、そっと壁に手を伸ばしかけたそのとき。


「くるりとすると、こうなっちゃうんだよね」


不意に背後から聞こえた声に、俺たちは一斉に振り返る。


そこには、塀の隅から顔を出している少年がいた。


小柄で、伏し目がちの目元。サンダルに泥のついたズボン、くたびれたTシャツ。見た目は普通の子供だが、その表情には、いたずらをやりすぎたあとの、どこか居心地悪そうな笑みが浮かんでいた。


「キミがやったのか……?」


問いかけると、少年はにこりと笑って頷いた。


「うん。でも遊びのつもりだったんだよ? ちょっと話しかけたら、全然相手してくれなかったから、くるってしたらこうなって……」


「これ、元に戻るのよね……?」


春香の声がわずかに震える。その瞬間だった。


「――拓夢!!」


鋭い女性の声が、空気を裂いた。


視線を向けると、こちらへ駆けてくる女性の姿があった。三十代半ばくらいだろうか。シンプルな服装に、短く切り揃えられた髪。整った顔立ちには、母親としての厳しさと焦りがにじんでいた。


「何度言ったらわかるの? 遊びでこんなことしちゃダメ。ましてや人に使ったら危ないって言ってるでしょ」


その声は怒鳴り声ではなく、責任ある大人の叱責だった。


「……ごめんなさい」


少年――拓夢は素直に頭を下げたが、どこか他人事のような口ぶりだった。母親は深く息を吐くと、玲次の“いる”壁を見つめる。


「ちゃんと戻しなさい。ゆっくり扉を戻すように。“表”に出してあげて」


「うん」


拓夢は壁に手をかざし、指先でゆっくりと円を描く。すると、壁の一部が“くるり”と裏返るように回転して――


玲次が、まるで裏から押し出されるように、壁の中から飛び出してきた。


俺たちは思わず手を伸ばしたが、彼はふらつきながらも、自力で立ち上がった。


「うっ……つぅ……目が回るな。胃がひっくり返るような感覚だ……」


膝に手をつき、深く息を吐く。そしてすぐに、壁へと視線を戻す。冷静に、分析するように。


「……油断した。彼こそが“動く壁画”の正体だったようだな」


その声には、すでにいつもの冷静さが戻っていた。


玲次はゆっくりと拓夢に視線を移す。


「少年、君の力……」


拓夢はバツが悪そうに、足元の石をつついていた。


「くるりってしたら、ああなって……でも、ちゃんと戻せたでしょ? そんなに困らなかったと思うけど……」


玲次はため息をつき、言葉を選ぶように口を開いた。


「君の力は、誰かを閉じ込めるためのものじゃない」


「え……?」


「扉なんだよ。見えない空間を“くるり”とひっくり返して、別の場所とつなげる。そういう不思議な“道”を作れる力なんだ」


「ぼくの……力が?」


拓夢は目を丸くする。


「それって、すごい力なの?」


「すごいさ。でも、間違った使い方をすれば、人を傷つけてしまう。君はまだ、その力の大きさに気づいていないんだ」


玲次の声には、どこか実感のこもった重みがあった。


拓夢はうつむき、唇をかむ。そして、小さくつぶやいた。


「僕だって、みんなと仲良くできるようになりたい。これ、かっこいいって思ってたけど、迷惑かけるのはイヤだもん」


「大丈夫だ。君の力は、人を守るためにも使える」


玲次が手を差し出す。拓夢は驚いたように顔を上げ、その手を見つめた。


「……ほんとに? ぼく、できるかな……?」


「特訓すればできるさ。俺が教える。能力の扱いには慣れてるからな」


玲次の言葉はぶっきらぼうだが、信頼がこもっていた。春香もにっこり笑って、拓夢の背中を軽く叩く。


「大丈夫。私たちも、最初はみんな初心者だったんだから。ちょっと厳しいかもしれないけど、きっとできるようになる。君も、素質あるわよ」


「……うん!」


拓夢は元気よく頷いた。頬がわずかに紅くなり、目がきらりと光っていた。


その様子を見ていた母親が、少しだけ緊張した表情で俺たちの方へ歩み寄る。


「……あなたたちは、何者なんですか?」


玲次は無言で右腕を上げると、淡く光る冷気を纏わせた。たちまち腕に氷の結晶が広がり、装甲のように形成される。


「俺たちも、こういう力を持っています。そして……そのせいで苦しんだ人間も、俺たちは知っている。だからこそ、力を正しく扱う訓練がどれだけ大事か、痛いほど分かっているんです」


氷の腕をパキン、と砕き、玲次はまっすぐに母親を見つめた。


「お子さんの未来のために。どうか、俺たちに協力させてください」


母親はしばらく黙ったまま目を閉じ、そしてゆっくりと頷く。


「今までこの子の力を見た人は、みんな怖がって逃げていきました。ちゃんと向き合ってくれる人がいるなら……ぜひ、お願いします」


「まっかせて!」


春香が即座にウインクする。


「特訓って、どんなの? 必殺技とか?」


拓夢が無邪気に尋ねると、玲次は苦笑した。


「その前に、人を閉じ込めないためのマナー講習からだな」


そしてふと、俺たちを振り返る。


「――圭介、恭子」


「え?」


「うん?」


「いい機会だ。お前たちも一緒に特訓といこう」


その言葉に、心のどこかが静かに熱を帯びるのを感じた。


拓夢の未来のために。

そして俺たち自身の戦いのために。


訓練の日々が、いま、始まろうとしていた。

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過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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