表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第3章 絵は揺らめき、夢は焦がれり
24/69

3-2 くるり、ってしてあげる

 午前十時前。

 黒のSUVが、街の外れへ向けて無言の加速を続けていた。


 フロントガラスの向こうには、どこか埃っぽい青空が広がっている。市街地を抜け、民家もまばらな道へ差し掛かったころ、車内は奇妙な静けさに包まれていた。


 運転席には玲次。目元を微かに緩めながらも、真っ直ぐ前だけを見据えている。

 助手席には春香。脚を組み、窓の外に視線を向けている。

 後部座席には俺ーー風間圭介と恭子が並んでいた。


「……なんか、静かすぎないか。車が走ってる感じがしない」


 思わず漏れた言葉に、春香がルームミラー越しに微笑んだ。


「いいでしょ。アリスの“お遊び資金”で買ったの」


「お遊び資金?」


 首を傾げると、春香は愉快そうに肩をすくめる。


「暇つぶしにデイトレードやってるのよ。予知能力持ちの彼女にとっては、ほとんど答え合わせみたいなもの。当たるとこしか買わないから、勝率は完璧」


「それ、チートってレベルじゃないだろ……」


 もはや感嘆の域だった。

 未来を読み、瞬時に判断し、確実に利益を得る。そんなことが現実にできる人間がいる。しかも、まだ十代の少女がそれを“遊び”でやってのけているというのだ。


「本人はゲーム感覚なんでしょうね。税金もちゃんと納めてるし、倫理的にはギリギリ……いや、ギリ超えてるかもしれないけど」


 春香はそう付け加えて、窓の外へ視線を戻した。


 俺は小さく息をついた。

 どこかで、“持たざる者”としての焦燥を覚えるかと思っていたが、そうではなかった。ただ純粋に、まだ知らぬ世界の断片を見ることに喜びを感じていた。


 * * *


 目的地は、街の端にある小さな公園だった。


 コンクリート塀に囲まれた敷地には、人の気配がほとんどない。遊具は錆び、草は伸び放題。老朽化したベンチが、季節外れの風に軋んでいた。


 車を停めると、玲次が窓を開けて静かに周囲を見渡した。


「各自、調査開始。外壁を中心に、怪しい箇所があれば報告」


 その声に促されるように、俺たちは自然と動き出した。

 玲次は車を降り、南側の塀へ向かう。春香は西へ、俺と恭子は北側を担当することにした。


「思ったより……荒れてるな」


 俺は呟いた。壁に手を当ててみるが、コンクリートは冷たく、硬いだけだった。


「なんだか、妙に静かね」


 恭子が眉をひそめる。確かに、風の音すら耳に届かない。

 俺たちは塀沿いをゆっくり歩きながら、何か“違和感”を探した。


 だが――何も、見つからなかった。


 ひび割れも、変色も、不自然な凹凸も。

 隅々まで目を凝らしても、返ってくるのは沈黙だけだった。


「空振り、か……」


 平凡な風景の中に、非凡な“何か”が隠れているはずだった。


 それを、まだ――俺たちは知らなかった。


 * * *


 南側の塀の前。

 玲次は、静かに歩を進めていた。


 靴音は土の上に吸い込まれ、風も止まっている。

 彼にとって、この沈黙は心地よかった。誰にも邪魔されない空間で、目に映る全てが観察対象だった。


 壁の表面。温度。光の反射。空気の動き。

 すべてを頭の中で解析しながら、必要な断片を拾い上げていく。


 だが――


「ねえ、お兄ちゃん、何してるの?」


 不意に、背後から声がかかった。


 その瞬間、玲次の思考が遮られる。


 振り返る。

 そこには、一人の少年が立っていた。


 年齢は十歳前後。髪は風に流れ、服は少しよれている。

 拍子抜けするほど普通の子供だった。


(……なんだ、ただの通りすがりか)


 一応視線を走らせたが、危険の兆しは見えない。

 玲次は、すぐに警戒を緩めた。任務中ではあるが、相手は子供。深入りする必要はない。


「遊んでるの?」


「仕事だ。ここは危ないから近づくな」


 形式的な忠告だけを残し、玲次は視線を切った。

 無関係な子供に時間を割く余裕はない。油断ではなく、合理的判断――そのはずだった。


 歩き出す。無視を貫く。

 だが、少年の声が背中を追いかけてきた。


「つまんないな。お兄ちゃん、ノリ悪い」


 まるで、気に入らないオモチャに拗ねた子供のように。

 玲次は眉をわずかに寄せたが、それ以上の反応はしなかった。

 子供の気まぐれに取り合う意味はない。そう、思っていた。


 ――それが、誤算だった。


「じゃあね。くるり、ってしてあげる」


 その一言で、世界がひっくり返った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

過去編はこちらから読めます

氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

▶ 過去編を読む
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ