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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第2章 銃声は遠く、絆は近く
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幕間 灰色の世界、白い導き

 風は冷たくもなく、ぬるくもなく、ただそこにあった。

 湿気を含んだその風は、まるで時間を運ぶように、ゆるやかに、静かに空間を流れていく。

 ここは、都市の外れ。建設途中で放棄された、誰にも顧みられない空間。

 鉄骨は錆にまみれ、地面のコンクリートはひび割れて苔が生え、足場は今にも崩れそうに斜めに傾いていた。


 かつては誰かの計画に基づき、何かを造ろうとした場所だったはずだ。だが、今ではただの空虚。

 昼間なのに影が濃く、空はどこまでも灰色で、地と空の境界すらも曖昧だ。世界が溶けて、ぼやけて、まるで夢の中のようだった。


 そんな空間の片隅。古びた資材の山の裏に、ひとりの少女がいた。


 背を丸め、細い肩をすぼめて、膝を胸に抱え込むようにしてうずくまっている。

 黒いパーカーのフードを深くかぶっているせいで、顔は見えない。

 けれどその体勢からは、誰にも見つからないように、と願うような気配が滲んでいた。


 今日も、ここで時間が過ぎていく。

 誰にも気づかれず、誰にも話しかけられず、誰にも求められず。

 一日が始まり、そして終わる。それだけのことが、彼女にはひどく重く、苦しかった。


 ――いつからだろう。自分が、まるで世界から「いないもの」として扱われていると気づいたのは。


 思い返せば、小学校の頃からそうだった。

 いじめられた記憶はない。机に落書きをされたことも、暴言を吐かれたこともない。

 だが、それ以上に深く、静かな拒絶があった。

 話しかけられない。目を合わせても、すぐに逸らされる。

 隣の席に座っていても、視線は向けられず、名前も呼ばれない。


 最初は偶然だと思っていた。クラスが合わなかっただけ、たまたまだと。

 けれど、中学、高校と進んでも、状況は変わらなかった。

 誰も彼女の存在に気づかない。見えているはずなのに、見ていない。

 まるで、何か透明な壁に覆われているようだった。


 だから彼女は、誰にも必要とされないこの廃墟を選んだ。

 ここなら、気にされないことが当たり前だった。

 誰も来ない。誰も見ない。誰も言葉をかけてこない。

 それは、孤独ではなく――安堵だった。

 存在を無視されるより、最初から誰もいない場所にいる方がずっと楽だった。


 今日も、そうして日が傾いていく。

 濃くなる影の中で、少女は耳を澄ませる。世界の音を、呼吸の音を、自分の心臓の音を。

 この風の中でなら、きっと自分は音もなく消えていける。

 そう思った、そのとき――


 “足音”が聞こえた。


 かつん、かつん、と乾いた音が、コンクリートを叩く。

 ゆっくりと、規則的に、だが確かな意志を感じさせる歩み。

 少女の肩が、びくりと震えた。


 ――こんな場所に、人が来るはずなんてない。


 足音は近づいてくる。

 廃材の影から見える隙間に、やがて人影が映った。

 そして、足音が止まり、静寂が戻る。


「こんなところで、ひとりで何してるの?」


 静かで、澄んだ声だった。

 どこか遠くの世界から届いたような、現実味のない響き。

 少女はおそるおそる顔を上げた。

 廃材の隙間、灰色の光の向こうに――“彼女”はいた。


 全身を白いワンピースに包んだ女性。

 その姿は、まるで風景の一部ではないかと錯覚するほど自然だった。

 長い髪が風に揺れ、端正な顔立ちに浮かぶ微笑は、どこか神話の登場人物のようにも思えた。


 年の頃は、母と同じくらいだろうか。

 だが、その雰囲気は母とはまったく異なる。

 あたたかさではなく、静けさ。親しみではなく、確信。

 それなのに、なぜか――懐かしいとすら感じた。


「……私に、言ってるんですか?」


 自分の声が、かすかに震えていた。

 誰かに話しかけられたのは、いつ以来だろう。

 教室でも、駅でも、コンビニでも。通りすがりですら、誰も自分に目を向けなかったのに。


 彼女は一歩、少女に近づき、そして微笑んだ。


「そうよ。泣いている子を、放ってはおけないでしょう?」


 少女は驚いたように瞬きをした。

 自分が泣いているなんて、思っていなかった。

 けれど、彼女のその言葉に、初めて気づく。

 ――ずっと前から、心は泣いていたのだ。


「どうして……話しかけたんですか……? 私なんか……誰にも見えないのに……」


 その問いに、彼女はほんのわずか、顔を傾けた。


「あなたは、特別だからよ」


 その声は、まるで真実だけを語るような静けさに満ちていた。


「あなたのその苦しみは、“持っているもの”のせい。でも、それはあなたの罪ではない」


 “持っているもの”。

 少女の背筋に、ひやりとした感覚が走った。

 誰にも言ったことのない、言葉にすらできなかった心のざらつき。

 それを、この人は知っている――そう確信させるだけの何かが、その眼差しにはあった。


 彼女はそっと、手を差し出す。

 白く、細く、美しい手。

 差し込む光に照らされて、それはまるで雲の隙間から伸びる一条の天の糸のようだった。


「あなたは一人じゃない。私たちと一緒に、新しい人生を始めましょう」


 その手を取るのは、怖かった。

 怖いけれど――このままでは、何も変わらない。

 この灰色の世界に、永遠に閉じ込められたまま、生きているのか死んでいるのかもわからないまま、ただ日々が過ぎていくだけ。


 少女は、おそるおそる、その手に指先を重ねる。

 彼女の白い指が、そっと、自分の手を包んだ。


 その瞬間、風の流れが変わったように感じた。

 音のない世界に、微かな旋律が混じる。


 世界はまだ灰色のまま。

 けれど、ほんの少しだけ、光が差した気がした。

 ここまで読んでくださりありがとうございます。

 少しずつですが毎日更新していけたらと思ってます。


 何か心に引っかかるものがあれば、感想やリアクションで教えてくださると嬉しいです。

 あなたの“言葉”が、物語を進める“力”になります。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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