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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第2章 銃声は遠く、絆は近く
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2-9 新しい日常のはじまり

 「はーい! 準備完了〜!」


 朗らかな声が、最上階のリビングに明るく響いた。


 その瞬間、部屋の空気がぱっと華やぐ。音の主はもちろん、料理番長・栗原春香だ。キッチンから両手を広げて現れた彼女の背後には、まるで雑誌の1ページを切り抜いたような、極彩色の料理が並んでいた。


 長テーブルの上には、これでもかと並べられた皿の数々。揚げたての唐揚げは黄金色にきらめき、じゅわっと音が聞こえてきそうなくらい肉汁を封じ込めていた。表面にこんがり焦げ目を付けたグラタンの表皮は、チーズの焦げる芳ばしい香りを立てている。サラダには艶やかなトマトと瑞々しいレタスが盛り付けられ、中心には煮込みハンバーグがどっしりと鎮座していた。ソースのツヤと湯気が、食欲をそそる。


 「……すげぇな。これ全部、手作り?」


 あまりの完成度に、俺は素直に感嘆の声を漏らした。


 春香はどこか得意げに胸を張り、両手を腰に当ててふふんと鼻を鳴らした。


 「当然! 今日は圭介くんと恭子ちゃんの“歓迎会”なんだから、これくらいやらなきゃね。ほらほら、もっと褒めてもいいよ?」


 「料理教室でも開けそうなレベルだよ、これ……」


 隣で恭子が感心したように呟いた。春香はその一言でさらにテンションを上げ、ウィンクまで飛ばしてくる。


 「あっ、恭子ちゃん、見る目あるー!」


 圧倒されている俺を余所に、玲次さんが椅子を引いて静かに声をかけた。


 「アリスも座れ。今日は特別だから、遠慮は無用だぞ」


 「……うん。ありがとう。じゃあ……」


 アリスは小さく頷いて椅子に腰を下ろしながら、そっと唐揚げに手を伸ばしかけた――が、途中でその動きを止めた。


 「……あ、先に“いただきます”だよね」


 そう言って小さく両手を合わせる姿は、どこか背伸びした大人びたさと、年相応のあどけなさが入り混じっていた。


 春香が「えらーい!」と満面の笑みで応える。


 俺たちもそれに倣い、揃って手を合わせる。


 「「いただきまーす!」」


 その合図が合図になるように、空気が和やかに解けた。


 「これ、美味しい……。衣、さくさくだし、中はふわふわ。……うん、お店みたいな味」


 アリスが唐揚げを頬張りながら、感心したように呟く。玲次さんが「喉に詰まらせるなよ」と声をかけたが、彼女はこくりと頷き、次のひと口へと手を伸ばした。


 「サラダのドレッシング、これも春香さんの手作り?」


 恭子が目を丸くして尋ねると、春香はにっこり笑って応える。


 「うん、バルサミコ酢とオリーブオイル、あとね、ちょっとだけ柚子胡椒入れてみた。大人の味ってやつ!」


 「……春香師匠、今度ぜひレシピ教えてください」


 「えっ、恭子って料理するんだ!?」


 思わず口を挟んだ俺に、恭子は呆れたように眉をひそめた。


 「何その意外そうな反応。簡単なのくらい、作れるよ? 一応、お母さんからもお願いされてるし、あなたの食生活も見張っておかないとね」


 「え、えーっと……ありがたい、のかな」


 「自覚なかったのね。すぐにカップ麺とかで済ませようとするし」


 図星を突かれて、ぐうの音も出なかった。


 「ふっ、いい光景だ」


 隣では、玲次さんが静かに紅茶を口に含み、目を伏せたままぽつりと呟く。


 「……こうして皆で食卓を囲むというのは、何気ないようで、とても大事なことだな」


 「真面目かっ!」


 春香の鋭いツッコミに、場がふわりと笑いに包まれる。


 俺はその笑い声に紛れながら、ふとテーブルの風景を見渡した。


 皆が、それぞれに料理を口にし、言葉を交わし、表情を緩めていた。ただ食べて、ただ笑って、ただ一緒にいる――それだけなのに、どうしてこんなに、心があたたかくなるんだろう。


 恭子が、大皿から少しグラタンをすくって、俺の皿にそっとのせた。


 「これ、美味しかったよ。圭介も食べてみて」


 「……あ、ありがと」


 「感謝が軽い」


 「わ、わかったって。本当にありがとう」


 「ふふっ、どういたしまして」


 恭子の口元が、照れくさそうに綻んだ。その笑顔につられて、俺の口元も緩む。


 この空間が好きだ。誰かの笑い声や、料理の湯気や、冗談の応酬が、ちゃんと“生きてる”と感じさせてくれる。


 ――守りたい。


 ふいに、そんな想いが胸にこみ上げてくる。


 この場所を。この人たちを。この時間を。


 すると春香が、勢いよく立ち上がってスプーンを高く掲げた。


 「はーい、注目ー! ここで終わりじゃないよー! デザート、ちゃーんと別腹で食べるんだからねっ!」


 「えっ、まだあるの!?」


 俺の驚きに、恭子がくすくすと笑う。


 「春香さん、張り切ってたから」


 「安心して、ちゃんと胃薬も用意してあるから!」


 「どこまで準備万端なんだよ……」


 その冗談に皆が笑う。


 笑って、食べて、冗談を言い合って、誰かがそれに突っ込んで――

 それらすべてが、“これから”を共に歩む仲間との、新しい日常の始まりだった。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
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