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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第2章 銃声は遠く、絆は近く
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2-7 父の告白

 部屋に、静かな沈黙が降りた。


 誰もが言葉を失っていた。いや、言葉にしていいものか、躊躇しているようでもあった。そんな中で、父さん――風間和久は、ゆっくりと肩を落とした。長年、背負ってきた何かが、ほんのわずかでも下ろされたような仕草だった。


 そして――。


 「……俺は、能力について、墓場まで持っていくつもりだったんだ」


 その言葉は、あまりにも唐突で、重く、そして静かだった。


 誰かが息を呑んだ気配がした。恭子か、玲次さんか、あるいは母さんか。けれどそれを確認するより先に、父さんの言葉が続いた。


 「だが……今ここにいる人間たちは、もう他人じゃない。あなたたちは――俺の息子を救ってくれた恩人であり、そして……圭介。お前も、お前の母さんも、すでに当事者だ。恭子さんも……すまない。巻き込んでしまった」


 恭子は首を振った。ゆっくりと、否定の意を込めて。父さんはそれを見て、短く目を閉じる。そして、まるでこの瞬間の到来をずっと覚悟していたかのように、静かに頷いた。


 その指が、テーブルの上のティーカップに伸びる。骨ばったその手に、年齢を感じた。ずっと昔よりも、父さんは確かに老けていた。それでも、その手は今、確かな決意を握っていた。


 「話す前に、まずは……見せたほうが早いかもしれないな」


 ティーカップを持ち上げると、父さんはそれをゆっくりと逆さに傾けた。残っていた紅茶が流れ出す。


 だが。


 紅茶は空中で止まった。


 まるでそこに、透明な器があるかのように。いや、“ある”のだ。紅茶はその内壁に沿うようにわずかに揺れ、そして静止していた。空中に浮かんだまま、完全に形を保って。


 「……な……」


 目を見開いたのは俺だけじゃなかった。玲次さんが、眉を寄せて身を乗り出した。恭子も、息を呑む音を洩らした。母さんにいたっては、カップを持つ父さんの手元に釘付けになっている。


 「触れてみてもいい」


 父さんの声は、むしろ穏やかだった。長年慣れ親しんだその声音なのに――今は、まるで誰か別人が話しているような錯覚さえ覚える。


 玲次さんが、恐る恐る指先を伸ばす。紅茶に触れることなく、その周囲をなぞるように。


 「……あるな。確かに、何か“器”のようなものが」


 父さんはうなずき、今度はティーカップを空中の紅茶の真下に戻した。次の瞬間、紅茶は音も立てずに流れ落ち、元のカップへと収まった。


 「俺の能力は、“存在しないもの”を一時的に形作ることだ」


 低く、だが確かな声だった。


 「透明な容器、目に見えない壁、支柱、足場……構造と形を具体的にイメージできれば、それを空間に固定できる。ただし、俺の意識がある間だけだ。集中が切れれば崩れる」


 ティーカップをテーブルに戻すと、父さんは背筋を伸ばした。


 「……俺は昔、製薬会社の研究職にいた。脳の特定領域を活性化させる薬剤の開発チームに所属していたんだ。いわゆる“増強剤”のようなものだった」


 その響きに、全員の表情が引き締まった。


 「開発は難航していたが、俺はプロジェクトの責任者だった。どうしても完成度を確かめたくてな……倫理的には完全にアウトだが、自分を被験者にした」


 母さんの目が見開かれた。恭子が息を飲む音が聞こえた。玲次さんの表情は、いつになく険しい。


 「そして、能力が……覚醒した」


 重く沈むような言葉だった。後戻りできないところまで来てしまった男の、告白。


 「最初は副作用かと思った。だが、時間が経つにつれて確信に変わっていった。これは薬の副作用なんかじゃない。人間の深層意識とつながった、形なき力……心象が具現化する力だ」


 父さんの視線が、少し遠くを見た。その眼差しには、当時を思い返す後悔とも怒りともつかない、複雑な色が浮かんでいた。


 「人格や精神状態によって、能力の種類や強度は変わる。それも、少ないながらサンプルを集めていく中で分かってきたことだ」


 そして、次の言葉に、部屋の空気がさらに沈む。


 「だがな……“成功例”が出た途端、俺はプロジェクトから外された。成果は全部、上司に持っていかれたよ。俺の能力も薬の効果も“偶然”として処理し、それっきり俺を排除した」


 父さんは、どこか笑っているようだった。だがそれは、苦笑というにはあまりに痛々しい表情だった。


 「それっきり、俺は研究からも、能力からも距離を置いた。仕事も変えた。お前たちに知られるわけにはいかなかったからな……」


 目を伏せる父さんの横で、母さんは静かに唇を噛んでいた。


 「だが、今回の件で思い知った。もう、隠してはいられない。俺が関わった研究が、今の“能力者の増加”と無関係とは思えない」


 重い言葉のあと、しばしの沈黙が流れた。


 誰もが、どこから言葉を返していいか分からなかった。玲次さんですら、簡単に反応を返さず、ただ思索するように目を伏せていた。


 「……父さん、その薬、今も存在するのか?」


 ようやく声を発した俺の問いに、父さんは静かに首を振る。


 「俺が関わっていたデータは、ほとんど隠蔽された。だが、あの会社の上層部にいた連中が今も暗躍しているとしたら……どこかで、同じ研究が続けられている可能性はある。そして、それを使って“兵器としての能力者”を生み出しているとしたら……」


 言葉の先は、言うまでもなかった。俺たちは、それに巻き込まれている。当事者だ。もう、ただの高校生でも、家族でもいられないのだ。

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