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《GIFT》―異能力、それは呪いか祝福か―  作者: 甲斐田 笑美
第2章 銃声は遠く、絆は近く
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2-1 花飾りの予言者

有栖ありす祐希ゆうき

挿絵(By みてみん)

 まぶたの裏に、柔らかな光が差し込んでいた。

 圭介はゆっくりと目を開け、見慣れない天井を見つめる。


(……ああ、ここか)


 記憶がじわりと戻ってくる。

 襲撃、逃走、能力――非日常の始まり。そして、こうして目覚めたということ。


(……ちゃんと、生きてる)


 安堵と実感が、胸の奥に静かに広がる。

 疲労はまだ残っているが、体の芯は妙に穏やかだった。


 ベッドを抜け、簡単に身支度を整える。

 ドアを開けた瞬間、香ばしいバターとトーストの香りがふわりと鼻をくすぐった。

 リビングから漂ってくるその香りに、胃が小さく鳴った。


 廊下を抜けると、そこには昨日とはまるで違う空気があった。

 淡い間接照明に照らされた空間。春香がエプロン姿でキッチンに立ち、器用にスクランブルエッグをフライパンでまとめている。


「お、圭介。おはよ」


「……おはようございます。すごい……なんか、家庭的ですね」


「でしょ? 一応これでも栄養バランスは考えてんのよ」


 明るい笑みと湯気に包まれたその場は、つい昨日の逃走劇が嘘だったかのように、あたたかかった。


 テーブルの一角では、玲次がタブレットを片手に資料に目を通している。

 彼が放つ独特の静けさは変わらないが、どこか昨日より柔らかい気配があった。


「調子はどうだ」


 目は画面から離さないまま、玲次が訊く。


「はい。ぐっすり眠れました」


「ならよし。朝はしっかり食え」


 言葉が短くても、どこか気遣いがにじむのが玲次らしい。

 圭介は素直に頷いて、椅子を引こうとした――そのときだった。


「……んん……」


 奥の扉が軋む音とともに、誰かの寝ぼけた声が漏れてきた。


 ゆっくり開いたドアから現れたのは、自分より少し年下に見える人物。

 パジャマ姿のまま、目をこすりながらとろとろとリビングへ足を踏み入れる。


 華奢な体つき。寝癖で跳ねた髪。中性的な顔立ちと、ふわふわした空気。


(……誰だ、この子?)


 圭介がそう思うのと同時に、その人物の視線が自分たちに向いた。


「……え、えええ!? なに!? 誰!? 知らない人いるじゃん!!」


 大声とともに、パジャマの人物は一気に顔を真っ赤にして個室へと引き返していった。

 慌ただしい足音と、着替えの布の擦れる音、そして「うそ、髪ぼさぼさだったじゃん……」という声が薄い壁越しに聞こえてくる。


 玲次は何事もなかったように資料へ視線を戻していた。


 数分後、再び開いたドアの向こうから、さっきの人物が戻ってくる。

 今度は白いブラウスに黄色のカーディガンを羽織り、髪をきちんと整え、両手には何かを持っていた。


 そして――その手にしていた髪飾りを、ゆっくりと自分の髪に留める。

 鮮やかな黄色の花。まるで太陽を模したような明るい印象の髪飾りだった。


 その人物は、頬をふくらませたまま玲次をまっすぐ睨みつけた。


「ふつうさ、こういうときって“紹介”するもんでしょ?」


 玲次はやれやれといった顔で答える。


「悪かったな。彼らが来たのは深夜だった。起こすのも悪いと思ってな」


「うぅ……まあ、それは……でも!」


 まだ不満げな表情のまま、彼女は一歩こちらへと近づいた。


「……改めて。有栖ありす祐希ゆうき。“アリス”って呼んでください。未来視の能力を持ってます」


 一瞬の間を置いて、少しだけ誇らしげに胸を張る。


「ただ……勝手に見えちゃうタイプで、コントロールとかできなくて。寝てるときに変な夢見たら、それがちょっと先の未来だったりもして……なんか、変なこと言っちゃうかも。ごめんなさい」


(未来視……)


 未来が見える。その重みに、圭介は言葉を失った。

 同時に、その力を持ちながらこうして笑っていることが、少し眩しくも思えた。


「風間圭介です。昨日の夜、危ないところを助けてもらって、今ここにいます。……よろしく」


 恭子も続くように頭を下げる。


「音無恭子です。アリスちゃん、よろしくね」


「え、うん……私こそ!」


 ぱっと表情が明るくなり、アリスの顔に無邪気な笑顔が咲く。

 その笑みはあまりに自然で、ふとこちらの緊張まで溶けていくようだった。


「ふふ、ようやく朝らしくなってきたわね」


 春香が笑顔で料理をテーブルに並べていく。

 焼きたてのパン、彩り豊かなサラダ、ベーコンエッグにフルーツまで。まるでカフェのモーニングセットのようだった。


 こうして、にぎやかでどこか不思議な朝食が始まった。

 非日常の真っ只中にいるはずなのに、そのひとときだけは、やけに日常に近かった。

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氷川たちの出会いと「第八班」創設の物語――
『GIFT・はじまりの物語』をぜひお読みください。

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