いつかの夢
――これは、未来の夢。
見渡すかぎり白い、どこまでも何もない空間。
空も、地面も、境界さえなく、世界の輪郭はすべて溶けていた。
それでも、わたしたちはそこに立っていた。
玲次さん。春香さん。圭介。恭子。
それに――知らない人たち。
誰もが黙ったまま、同じ一点を見つめていた。
まるで、これから始まる地獄を、ただ受け入れるしかないように。
そして。
空間が、脈打つように歪んだ。
音もなく圧力が膨れ上がり、視界がぐらりと波打つ。
――来る。
わたしの中の何かが、叫んだ。
次の瞬間、世界が音を取り戻した。
轟音。風圧。悲鳴。破裂音。誰かの名を呼ぶ声。
空間が裂け、地面が崩れ、何かが砕ける音。
わたしの身体は地ごと吹き飛び、空を舞う。手も足も感覚がない。
何もできない。
誰も、守れない。
――そして、目が覚めた。
* * *
「っ――は、はぁっ……!」
喉を焼く息とともに、跳ね起きる。
汗で髪が貼りついていた。全身が震えていた。
ここは現実。
それでも、夢の中にいた“わたし”の感覚が、肉体の奥に刺さったままだ。
静かな夜の部屋。無機質な壁。閉ざされた個室。
それが現実のはずなのに――心の奥では、まだあの白い空間に囚われていた。
ライトを点け、夢日記を開く。手は震えている。
「爆発」「開けた空間」「見知らぬ能力者たち」
夢で見た“未来”の断片を、ひとつ残らず書き出す。
わたしの能力――“未来視”。
寝ている間に、これから起きる“地獄”を見せられる。
誰かが死ぬ。壊れる。失われる。
それを最初に知るのが、わたしの役目。
ぽとり、と。
頬を伝う温度に気づいて、わたしは両手で口を覆った。
声が漏れないように。誰にも気づかれないように。ぎゅっと、唇を噛みしめる。
涙が、止まらない。
……見たくなんてなかったのに。
誰が望んだ?
どうして、こんな力を、わたしが持たなきゃいけなかったの?
“知る”だけで、なにもできない。
だけど、知ったからには――逃げられない。
守りたい人たちがいる。
けれど、その気持ちが強くなるほど、未来が怖くなる。
夜の部屋。小さな明かり。震える手。
わたしは、未来に飲まれながら、それでも、今を選び続ける。
この悪夢が、ほんとうの現実にならないように。