9 無双の始め方
予想外にポイントが溜まったので、一日のすべてを鍛錬に費やせるようになった。
だらしない肉をそぎ落とすための筋力トレーニングから始まり、ひたすら汗を流す。そして午後からは――。
「これが、本物の拳銃……」
リアによって、ついに呼び出された拳銃。コルトSAA、通称は平和を齎す者。
無骨でただただシンプルに強さを感じさせる外見。ごついシリンダを備え、その構造は世界で最も早撃ちに適していると言われる。開拓史時代のカウボーイたちはこの銃を好んでいたという。
『扱いには気を付けてね、ご主人』
「分かってる」
手に取ってみる。ズシリ、とした確かな重みを感じる。早速、一緒に呼び出した45コルト弾を装填させてみるか……。
コルトSAAは映画やゲームのリボルバーみたいに、シリンダをスイングアウト(横滑りさせて開放する動作)が出来ないので、一発一発隙間から押し込まなければならない。早撃ちは最速だが、リロードは最遅という極端な二面性を持っている銃でもある。
だからこそ先手必勝の一発必中が重要になってくる。
俺は缶詰やジュースの空き缶、空ペットボトルを並べていく。いよいよ実演だ。宿の裏庭にいるので、人が来る心配はないし、宿の主人にも許可は取り付けてある(銃の発砲ではなく、魔法の実験と濁したが)。
「……やるぞ」
まずは普通に撃つ。いきなりやってもケガをしかねない。まずはなれるのだ。
親指で撃鉄を倒す。カチリ、とシリンダーが動いてこれだけでもう発砲可能だ。この単純さが早撃ち専用とまで言われる所以である。
引き金を引く。
手の中で反動が生まれ、パァン! という発射音と共に白煙が散った。
目の前の空き缶がすっ飛び、地面に転がる。
当たった……んだろう。拾い上げてみるとキレイな円形の穴が開いていた。
『ご主人、凄い! 初めてで見事命中なんて! 将来はワイアットアープか、ビリー・ザ・キッドだね!』
「……二つ隣のペットボトルを狙ったんだ」
『………』
翌日も筋トレ後はひたすらコルト練習に費やす。やはりスーパーマン補正が利いてるのか、撃った時の反動は殆ど感じない。一応は狙った個所に当たるようにはなってきた。
並行して早撃ちの練習も行う。ホルスターから素早く抜き放ち、撃鉄をもう片方の手の指先に連続で引っ掛けて下ろす――ツーハンドのクイックドロゥだ。
もちろん危ないので早撃ち練習の時は銃弾は込めていない。エクスペリアの録画機能も最大限利用し、スーパースローモーションで射撃時の動きを撮影した。
「まだ手の動きが遅いな……」
『あと姿勢も乱れてない? 動画と比較してみよ』
自分の撮影シーンと早撃ち動画を空間に呼び出し、大画面で見比べる。正直、この時間が一番楽しかった。肉体の補正もあるのだろうが、着実に強くなっているのを実感できた。
止まっている的に当たるようになってきたら、今度は動く的だ、クレー射撃用の投射機を呼び出し、飛ばされるクレーピジョンを打ち抜く。本来は散弾銃用だが、飛んでく目標を狙い撃つのはいい練習になる。
『今の、良い感じじゃない!? 的にも当たるようになってきたし!』
「そうだな、もう一度タイムを計ってくれ」
『1.33……速さは良い感じカモ? 後は命中率だね』
――そうして一か月が過ぎた。
「ふぅ……」
三十日目の朝。緊張が心に広がる。
多分、ギルドの試練に挑めるくらいには様になった……と思う。そろそろ挑戦すべきだ。
『ご主人、大丈夫だよ。見た目も雰囲気も、城にいた時とは大違いだもの』
「そうか?」
確かに痩せはしたが……あれだけ気を付けてたのだから減量してくれないと困る。痩せたところで三枚目の顔だから、美少女にモテまくるハーレムなんてあり得ないけどな。
それにリアがいてくれるなら、満足だ。
「じゃ、行こうか」
今度は自信を持って、俺はギルドの扉を開け放った。
「おや……」
俺に気づいた受付の眼鏡の人が目を細める。
「こりゃ驚きました。あなた、一か月前とは気配が変わりましたね。いやいや……素晴らしいです」
「……俺の事、覚えてるんですね」
「こう見えても記憶力には自信があるのですよ。さて、今日はどのようなご用件で?」
「試練を受けたい」
男は笑みを深くした。
久しぶりの挑戦者という事で、野次馬根性の冒険者もワラワラとついてくる。
眼鏡の人に案内されたのはウィークリアからほど近い、小さな平原だった。
「ここはゴブリン共の縄張りになっております。奴らは弱いのですが、狡猾で残忍な気性を持ち、常に四、五匹で徒党を組んでいます。今回はそいつらを倒してください。出来るだけ素早く、かつ反撃を受けずに」
ギルドの審査員の言葉に俺は頷いた。準備は出来ている。
「おい、あの男の武器、ありゃなんだ?」
「神聖機械帝国の魔導銃だろ。魔法の力で鉄の弾を飛ばす奴だ」
「へぇ、噂の新兵器か。連射も効かず、射程も短く、使えたもんじゃないって聞いたがな!」
「ゴブリン相手でも分が悪そうね。せいぜい一匹倒して、近づかれて嬲り殺されるのがオチだわ。可哀想に!」
酷い言われようだが、無視する。
「宜しいですか? ゴブリン誘いの笛を吹きますよ」
「お願いします」
「では――」
ピィ――――、と甲高い音が平原に響き渡る。
音の余韻が消え去ると、どこからか醜いダミ声のような鳴き声がいくつも重なり合い、近づいてくる。
ガサッ、と茂みをかき分け、出てきたのは簡素な腰巻を巻いただけの子供のような生物。しかし顔はいびつに歪み、人間らしい知性は皆無。緑色の皮膚は汚れのせいで余計に薄汚く見えた。
そしてその数、六匹。
『わあ、太っていた頃のご主人にソックリ! まさか生き別れた兄弟!?』
「お前は黙っとれい」
右の腰に下がったホルスターに手を添える。その姿勢を攻撃態勢と判断したのか、ゴブリン共は棍棒を振り上げて一斉に襲ってきた。
「早く――誰よりも早く」
指先がピクリ、と震える。
刹那――俺はコルトを極限の反射速度で抜き放ち、全力で目の前の的をぶち抜く。流れるように左手の指で次々と撃鉄を弾き、シリンダ内の弾丸を標的へ叩き込む。
何も考えちゃいない。頭の中はかつてないほどクリアで、空白だった。呼吸をするのが当たり前のように慣れ親しみ、染み付いた動作を無感情で実行する。
パアン、と鳴り響いた銃声はほぼ一発分しか聞こえなかった。
しかし俺に迫っていたゴブリンたちは寸分たがわず、額を打ち抜かれ――ややあって、ドサっと倒れ込んでいく。
「どうですか?」
「………」
審査員は無言で立ち尽くしていた。野次馬連中も口をあんぐりと開けて呆けている。
「……今、あいつ何発撃った? 一発だよな? 何でゴブリンは全滅したんだよ。誰か助けたのか?」
「………」
「………」
「……嘘でしょ」
ギルドカードは無事、貰う事が出来た。