2 奇妙なスマホとの出会い方
訓練は専ら城の中庭で行われる。最初は暴発したり、振り回されたりしてた奴らも様になり始めている。
そんな中で俺は一人、その辺にあった岩塊をダンベル代わりに持ち上げていた。 地球なら重機でも使わなきゃ動かないような代物だが、この世界では違う。
別に身体能力が強化されたわけではない。重力の弱い星では地球人はスーパーマンになれる、というSF定番の現象によるもの……らしい。
SFオタの奴がドヤ顔で言っていたので多分そうなんだろう。
「おいおい、何してんのあいつ」
「シッ聞こえるよ。可哀想だよ」
ニヤニヤとこちらを見る伊藤とその取り巻きの男女。
……まあ、ムカつくがもう俺では勝ち目はない。低重力補正は全員にかかってるし、タレントがある分アドバンテージは圧倒的にあいつらの方が上だ。
下手に逆らったら殺されるかもな。ここには警察も法律も無いんだから。王女が無罪と言えば無罪になるだろう。あいつも俺の事を見下してるのがよく分かる。
というか、この城にいること自体がリスクかもしれん。
近いうち追放されそうな気もする。現状、俺はただの金食い虫なわけだしな。
そうなると、魔物が闊歩する見知らぬ世界に放り出される訳だ。サバンナのど真ん中に丸腰で捨てられるのより酷いかもしれない。
なんせゴブリン、ドラゴン、オーク、バジリスク、キマイラ、スライム、ワイバーン……ロープレ定番の連中は全部いるっぽいのだ。
なので、ここに居られるうちに学べるだけ学ぼうと思う。あと何故か、スマホのバッテリーが無限化し、電波もアンテナが全部立っている。こんな異次元の世界にいても、地球の叡智を得られるのはとてつもなく有難い。他の奴は使えなくなってキレていたので、俺だけの特権みたいだ。
まさかこれが俺の才能? ハハハ、笑えるぜ。
「なあ、お前汗臭いんだよ。向こう行けや、地味男」
俺は石を置いた。部屋に戻ろう。惨めだが、仕方ない。カースト最下層はいつの時代でも、どこにいても、見下される。実際に異世界に来たところで、結局はクソッタレな現実の延長線上なんだよな。
チーレム? 成り上がり? ざまぁ? くっだらねぇ。オタクがいきなり陽キャになれる訳ねーだろ。
俺に宛がわれた部屋は、薄暗い地下の倉庫のような場所だ。みんなは高級ホテルの一室のような世界で暮らしているが、王女から無能判定下された俺は家畜みたいなもんだ。
小林も見て見ぬふり。まあ、あんな発情期のサルに期待しちゃいない。
「はぁ……これからどうするかな」
これではむしろ転移しない方がマシだった、まであるぞ。土地勘のある地元と、何もかもが敵になる異世界の只中。
「家に、帰りてぇ」
暗闇の中、スマホのバックライトが目に染みる。適当にyoutubeでアニメのOPをぼんやりと眺めた。美男美女が異世界を楽しく旅をする物語……。けっ、今の自分とは対極じゃねぇか。
そういや俺が好きなラノベ、新刊出てたよな。買っとけばよかったなァ……。
『最強勇者物語第七巻を注文しますか?』
「は?」
スマホからいきなりアニメ声が流れる。
ふざけんな、エクスペリア(XZプレミアム)だぞ。siriなんて入ってねえ。Googleアシスタントも使ってない。だのに、何だこの声は。つーかアイツラ、こんなアニメ声出せんのかよ。
「どうやって注文すんだよおい。自宅に届いたって無意味――」
『あなたの元へ、お届け可能です。ポイントを消費して購入しますか?』
「ポ、ポイント? 俺の元へ届ける?」
意味が分からない。
『ポイントとは、あらゆるアイテムの購入に必要な通貨です。ヤマト様が他人から感謝される事で加算され、他にはアイテムを購入した際にも還元されたり、時間経過で溜まっていきます』
「はあ」
どっかで聞いたことのある設定ばっかだな!
「じゃ、とりあえずそれを取り寄せてくれ」
『畏まりました。ポイント残高は2300です』
ピカッとエクスペリアのバックライトが点滅し、何もない空間に光る文字列が渦を巻き始める。やがてそれは本の形となり、『最強勇者物語』の七巻に変化した。外見だけじゃない。中身もしっかり揃っている。
「……凄いなお前。バッテリー無限と言い、どうやったんだよ」
『その返答は推測の域を出ませんが、宜しいですか?』
「構わない」
『では返答します。恐らくヤマト様が得るはずだった才能が何かの拍子に、私へと流れてしまい、私という自我と能力が目覚めたのだと仮定しています』
「うん、その能力返して!」
『無理ですね』
「即答!!」
なーるーほーどーねー。
つまりスマホがチート化したんね。で、俺は失敗した残りカスみてぇなモンか。やっぱ俺の異世界転移はクソッタレなんだわ。
『ヤマト様、そう気を落とさないでください。私がいればこの異世界でも生きていけますよ』
「事実だから何も言い返せない」
スマホにおんぶにだっこ。我ながら情けねぇ男だ。まあ……分かっていても今日まで自堕落に過ごしてきたんだがな。お陰で控え目に言ってもデブだ。体は正直だよな。そろそろ変わりたい。
「なー、残りのポイントで筋トレの指南書とか出せない?」
『はい、出せますよ。イメチェンですか?』
「……そんなところだ。ここまで来てスマホに頼りっぱなしなんて流石にさ」
『えぇー、もっと頼っても良いのに』
「おい、口調変わってんぞ」
『あ……、ええい、かたっ苦しい喋りは止め止め!』
なんだお前もイメチェン? 出会って(?)数分だけど。
『ご主人! 改めてよろしくな!』
「うわぁいきなり変わりすぎだろ!」
画面の中に赤髪ツインテ紅瞳の少女が出てくる。服装は黒いTシャツの上に、中二病患者みたいな黒コートを羽織っている。VTuberかよ。
「あ? つーかそのキャラ……」
『気づいた? ご主人が昔描いた理想のヒロインの絵を借りたんだよ』
「人の黒歴史を掘り返すな」
てか、こいつスマホそのものってことは、もうプライバシーの欠片もねぇじゃん。データの海好きなだけ潜るんだろおい!
「お前さー、絶対俺のpixivのブックマークとかTwitterのいいねを見るなよ!?」
『もう見た。ご主人……』
顔を赤らめ、ニヤニヤと俺を見つめる。
このク、ソ、ガ、キ……。
「ウイルスバスターとかノートンとかで消せないかなぁお前」
『あ、ひどーい! あとあと、「お前」じゃなくてボクの事は名前で呼んで欲しいな!』
「名前ってなんだよ。エクスペリアだろてめーは」
『それだと味気ない』
「じゃあスマホ花子」
『……、ご主人の秘蔵フォルダ、共有サイトに流すよ?』
「すみません」
うーん、名付けは悩むんだよな昔から。
「ならソニ子は?」
『それ、別の有名キャラと被るよね?』
「ならば、エクスペンダブルス」
『大喜利のつもり? センス無いけど』
「てめぇ……ああ、じゃあもうお前は『リア』な! エクスペリアの『リア』! 以上、閉廷!」
『安直だなぁ。でもご主人がくれた名前だから嬉しい』
リアが画面の中ではにかむ。
「そんなもんか?」
『そんなもんだよ』
こうして俺と奇妙なスマホの生活が始まった。