11 クラスメイトの倒し方
清川のタレントがどれほどの効果、精度を持つのかは分からない。監視カメラのように今も視られているのか、それとも占い師の水晶玉のように部分的な物か。
分からない以上、トラップの類は仕掛けない方が良さそうだ。そして街中でおっぱじめる訳もいかないので、俺はこの前のゴブリンが住む平原の近くへと移動する。ここなら見晴らしが良いし、奇襲を受ける心配はない。
『大丈夫? ご主人』
「ああ。出来る事は全部やった」
最悪の事態を想定し、頼もしい助力もある。
後は俺次第だ。
『……ご主人』
ドドド、と振動が伝わってくる。目を開けると、三つの大型馬車がこちらに向かっていた。
「来たか」
俺はコルトのグリップに触れる。
頼むぞ、相棒。
「久しぶりだなァ! デブ!」
派手に停車した馬車から、ロープレのようなデザイン重視の鎧を纏った伊藤が降りてくる。
「お前こそ、相変わらずだな」
馬車からはゾロゾロと取り巻き、後は俺みたいなオタク連中が降りてくる。その中には包帯とガーゼでボロボロになった清川もおり、どいつもこいつもそれなりの武器と防具で武装していた。
総勢三十名。わざわざクラス総出でやってくるとは、ご苦労なこった。
「ハハハ、テメェは変わったじゃねぇか。昔みたいにビクビクオドオドしろよ?」
「……で、わざわざこんな大所帯で俺を探しに来たのか?」
俺は挑発に乗らず、平然と返す。面白くないのか、伊藤は舌打ちをしながらもニヤける。
「ああ。でもテメェのためじゃねぇよ。テメェが持ってるスマホだ。ふざけやがって。地球のものを何でも召喚できるんだってなぁ?」
「………」
やはりバレたか。俺はリアを庇うようにポケットへと押し込んだ。
「素直に渡せよ? 渡すならテメェには用はねぇんだよ。サンドバッグならここの地味ーズ君たちがいるからな!」
「渡すわけないだろ。それに地球のものを召喚できるって知ってるなら、俺が何を持っているか分かるよな?」
ホルスターからコルトを抜き、見せつける。一瞬、伊藤以外の連中がたじろぎ、後ずさった。
「知ってるぜぇ。でもそれが何だ? この世界にはそれ以上のものがあるんだ! お前をブチのめすなんざ、その辺の魔物より容易いんだよ。良いから渡せ」
「断る」
「……ク、ハハハハ! 「断る」ってよ! カッコつけてんじゃねぇよブタが。おら、お前らさっさと回収して来い」
伊藤はオタク連中にケリを入れ、突き飛ばす。
やる気が無いのか、ノロノロと奴らは向かってくる。しかしその手には短剣や、杖、弓矢。
「俺も警告しておくぞ。撃つからな」
射撃体勢に移行する。オタクたちの足が止まりかけたが、伊藤の怒号が響き渡り、一人が発狂したように短剣を振り回しながら突っ込んできた。
「馬鹿が」
俺は迷わず、そいつの太ももを早撃ちで射撃する。
「がァッ!?」
バランスを崩し、転倒する。
「怯んでんじゃねぇ! 攻撃しろ!!」
「う、うぉおおお!」
「くそ、くそ!!」
矢をつがえる奴。
杖を翳す奴。
そのどちらも、一発の発砲音で肩と手を打ち抜かれ、倒れ伏した。
「ひ、ひぃ!? ほ、本当に撃ってきてた!?」
「ヤバいよあいつ!! イカれてる!」
「何やってんだ、オタクが! 使えねぇなマジで!! テメェらも見てねぇで行けやボケが!!」
伊藤は残った奴らを怒鳴りつけ、向かわせようと乱暴に押し退ける。
「やらなきゃ、やらなきゃ俺が殴られるんだ……だから俺は悪くない悪くな――!!」
半狂乱になってそいつは斧を振りかざす。
「そうやって一生、言い訳してろよ」
言い終わる前にどてっ腹に食らわせ、黙らせる。流れ出る鮮血を両手で止めようと、そいつは地面でのたうち回った。
「い、痛い痛いぃいいいいいいいい!? あぁあああああ!!」
「くそ! お前は大人しく雑魚らしく、俺らにもヘコヘコしてりゃいいんだよ! それで収まるんだ!」
『ご主人、危ない!』
背後から清川が襲ってくるが、リアが素早く熱湯たっぷりのバケツを呼び出し、顔面へぶっかけた。
「うぎぃああああああ!? 目、目が目がぁああああ!!」
まともに目に入ったのか、両足をばたつかせて痙攣している。相手は俺一人と思ってるようだが、リアも成長して自分自身の意志で呼べるようになったんだよ。
「じ、冗談じゃねえ、あんなのと戦えるかよ!?」
「伊藤の奴、簡単な仕事だって言ったじゃねぇか!」
「あ、あんなの殺人鬼だ! に、逃げろ!」
戦場さながらの光景にクラスメイト達は浮足立つ。撃たれたり、リアに何かされたら自分もこうなる、と察したのか……大半の連中はついに逃げ出した。何も考えず、方々に散り散りになって。
下手に殺すよりも見せしめにする方が効果があるのだ。
「な、逃げてんじゃねぇ! この馬鹿が!!」
伊藤がキレるが、もう崩壊は止まらない。あいつの取り巻き以外は全て遁走していった。伊藤たちの恐怖政治の猿真似なんてこの程度だ。
俺らは所詮ガキなんだよ。タレントがあろうが、スーパーマンのような肉体になろうが。倫理観ぶっ壊れた惨状を見れば、簡単に折れる。
平然としてられるのは伊藤みたいな既に半グレに片足突っ込んでる予備軍か、カースト最下層を生きてきて心が歪み切った俺みたいな狂人だけだ。
「……どうする。まだやるか?」
くっ、と伊藤は顔を歪めるが、すぐに愉悦に染まった。
「良い気になんじゃねぇよブタ。テメェ、その銃弾はあと何発だよ?」
「………」
コルトの装填数は六発。残弾は二発。伊藤たちの取り巻きは、本人も含めて四人。
「北村、テメェ行けよ。死んでも良いから残弾使わせろ。こうなったのもテメェが失敗するからだろ」
「え? で、でも……」
「何? また殴られたいの?」
「うわ、伊藤チン鬼畜ゥー!」
瞼や頬に青あざを作った北村の方がビクリと震えた。
「………」
ガクガクと震え、泣きそうな顔で杖を構える。
哀れだ。
でも同情はしない。
だってお前らは、俺が泣いても止めなかっただろ? その時なんて言ったか覚えてる?
「『死ねよ、ゴミが』」
残り二発。一発で杖を手元から吹き飛ばし、二発で足を射抜いてダウンさせる。
――これで撃ち尽くした。
俺はコルトを投げ捨てる。
「二発で終わりかぁ!? 手こずらせやがったな、ブタ! お前さえ抑えりゃ、そのスマホも何もできなくなんだろ!」
勝ち誇った伊藤と取り巻きたち。悠然と油断し切って近づいてくるアホ三匹に笑いがこみ上げた。
「ああ、そうだよ。――この銃は、な」
伊藤の顔色が変わった。
俺は腰に下げた何でも入る袋の口に手を突っ込み、抜き放つ。
二本目の、コルトを。
「な、何ィぃいいいいいいいいい!?」
早撃ち、三連射。完全に気を抜いていた二人の馬鹿は肩を狙撃され、悶絶する。
しかし伊藤だけは咄嗟にロングソードを振り抜き、銃弾を叩き落して見せた。
やるな。流石スポーツ馬鹿。
「どうして一丁しか持ってないと思った? 少し考えりゃ分かるだろ」
「……クソ、クソ! デブがナメ腐りやがって!」
ギリギリと俺を睨みつけるが、それでも伊藤は優位に立ちたいのか小バカにした笑みを絶やさない。
「だけど、今ので分かったぜ。俺の剣の方が早い! ブタらしくコマ切れにやるよ!」
確かに反応されたのは初めてだ。少なくとも、訓練は真面目にこなしていたのだろう。ぎらつき、血走った目で俺を睨み、伊藤はロングソードを腰だめに構える。
「俺の剣は最速だッ! 王女も認めるほどのな! 一秒でテメェを掻っ捌いてやらぁあ!!」
速い――なら。
「食らえ!! 秘剣【ソニック・ブレイ――】」
俺もまた本気で、最速でコルトを抜く。
あの動画のガンマンが見せた史上最強のスピードには程遠いが、それでも会心の速度で。
『0.09、秒……凄い……自己ベスト更新だよ、ご主人』
鳴り響いた完全に一度の銃声だった。
しかし伊藤が受けた銃創は二発分。
「バ……バカな……」
ゴポっと、血を吐き倒れる。奴の剣は俺に触れることすら出来ず、弾き飛ばされ、背後に落ちて刺さった。