1 転移の仕方
俺のありふれた日常は、唐突に終わった。
「な、何なんだここは?」
「私たち、今までバスに乗っていたハズじゃ……」
そう、俺たちは修学旅行中のバスに乗っていた。だが、突然強い衝撃と眩い光を浴びた瞬間、何かの巨大な祭壇のような上に立っていた。下には複雑怪奇な模様……恐らく、魔法陣。
ああ。そういう事か。俺はその手の小説をよく読んでいる。だからすぐに理解できた。
クラス丸ごと、異世界召喚。
笑える。とても。本当にあるんだな、こんな事。
「……ようこそ、歓迎いたします。異世界の勇者たち」
そして一人の女性が恭しく頭を下げる。ファンタジーの洋画に出てきそうな典型的な王女。そんな格好だ。
「勇者? 歓迎? 一体どういうことですか? 私たちは日本国民です。異世界とは……」
担任の小林が聞き返す。神妙そうな顔をしつつ、体型豊かな王女を目にして鼻の下が伸びていた。
「はい。全て分かっています。あなた方がこことは違う住人であることも、そして何故呼んだのかも今から説明しましょう」
王女はそう言って語り出す。
まあ、創作上ならよくある話だ。魔王が復活するから倒せ。その間の訓練や衣食住は王女もとい、皇国が全面的にバックアップ。召喚された勇者には特別な力が備わり、全てが解決出来たら元の世界に帰還できる等々。
「なにこれガチなん?」
「終わるまで帰れないって、ちょっとあり得ないんですけど」
カースト上位の連中が騒ぎ出す。
俺のような下の奴らも仲間内で興奮気味に語り合っていた。
「私としては生徒たちを危険な目に遭わせられません。すみませんが、今すぐ戻していただけますか」
「……もちろんタダで、とは言いません」
王女は臣下に目配せする。テーブルにかけられた布が外されると、そこには煌めく金塊の山が積まれていた。
「……これは」
小林が息を呑む。
「純金です。望むならば頭金として、いくらかお渡ししましょう。魔王を倒した暁には、これ以上のものをご用意できます」
「……コバセン、やろうぜ! よく分かんねーけどさ、楽勝なんだろ俺らならよ!」
「ヤバ、ガチでヤバいじゃん!」
目の色を変えた連中が飛びつく。小林も満更ではなさそうだ。
どっちにしろ、倒さなきゃ帰れないっつってんだから、こうなるだろうな。
「………」
俺は王女を見る。
どうにも、いけ好かねぇ人だ。
「総意は決まったようですね。では、皆さんの力を鑑定しましょう。占い師、ここへ」
背後から怪しい風体の婆さんが出てくる。
「この占い師に手を見せてください。彼女が鑑定してくれます」
「じゃあ俺からな!」
ウェイ系の伊藤がチャラけた調子で向かう。ニヤニヤしながら手を差し出すと、婆さんはボソボソと何か呟いた。
「あなたの力は……剣士ですね。剣術と巧みな身のこなしを得意とする才能です」
その後続々と自身の力が明かされていき、やがて最後に俺の番となる。
「………」
俺の手を掴んだ婆さんは暫し無言だった。
痺れを切らした王女が近づいてくる。
「どうしたのですか?」
「………」
「え? それは、本当に?」
「………」
「はあ、分かりました」
王女は落胆し、酷く冷めた目で俺を見た。さっきまでの温厚な佇まいとは真逆。これがこいつの本性かもな。
だからいけ好かないんだ。
「サクラバ・ヤマト。残念ながらあなたには何の力もありません。たまに出るんですよね、このような失敗が」
ある意味、予想できた答えだった。