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あなたが世界を愛さずとも  作者: 甘
春日野について
16/43

ダークヒーロー⑷




――カチンッ!



急速に音が神経に流れこんでくる。


カメラが、動いている。今さらになって俺の頭は状況を理解した。


今はシーン43。先ほどと変わらず倉庫にて、不良集団のリーダーが明らかになる場面だ。




「ここにこの女はいるか」




ボンスケはぶしつけに写真を突きつけながら問いかけた。あの横柄な態度、別人格に他ならない。


いつもなら「ボス!」となだめてくれるユメの姿は、ない。今回、HINAさんは見学だ。




「はぁ~。おっさん、また来たの?」


「だっる。来んじゃねえよ」


「つうか、なんで捜してんだ?」




倉庫の入口付近、特に光の当たる場所でトランプをしていた少年少女は、やはり喧嘩腰に突っかかってくる。




「いんのか、いねえのか、どっちだ」




ボンスケも負けてはいない。初っ端からただならぬ気迫が全開だ。怒らせてはいけない人を怒らせたときの雰囲気に近しいものを感じる。


やや押されながらも、少年少女は嘲笑を吐き捨てた。




「い、今はいねえよ」


「出直してくんだな!」


「……嘘ついてねえだろうな?」


「さあね」


「そっちだって理由も教えてくんねえじゃねえか。お互いさまだろ」


「出てけ出てけ!」




だんだんと闘争心がヒートアップしていき、前回と同じく追い出しムーブをし始める。高い天井に刺々しい言葉が反響し、騒々しくなると、奥のほうで影が揺れ動いた気がした。




「やめな」




言葉の槍がぴたりと止み、誰もが振り返る。



やけにとおる声だった。


しかし、想像以上に低い、低い声だった。




「こいつに喧嘩売ってもしょうがないよ」


「……なんだ、いるじゃねえか」




暗闇の占める倉庫の奥から悠然と現れたのは、ボンスケが捜していた写真の女――不良集団のリーダー・セイラに扮する春日野だ。


相変わらずハイライトのない三白眼、締まりのない立ち方は、先ほど確認したとおりだけれど……声は、声まで変えてるとは、聞いていない!


ただでさえ視覚だけで同一人物だと認識できないというのに、普段より格段に低いトーンで勝気に発せられると、いとも簡単に聴覚まで欺かれる。


セイラがボンスケになめくさった一瞥をくれた瞬間、とうとう脳が真実を拒絶しかけた。




「で、何の用?」


「おまえ、この坊主のこと知ってんな?」




ボンスケはまた別の写真を取り出した。写っているのは、黒のランドセルを背負った男の子。その少年は、つい2日前に捜索願を出された行方不明者だった。


決め打ったような訊き方をされ、噛みつこうとした不良らを、セイラは腕一本で抑えながら、首をわずかに起こした。少しななめに上がった顔に、おくれ毛が覆い広がる。




「そいつがどうした?」


「死んだ」




淡々とした3つの音が、静寂を連れてくる。


灰色に染まる彼女の顔が、静かに下に引かれた。一束の明るい髪の毛が、頬骨を滑る。その影がちょうど瞳の上をとおり、瞳孔の色をぐっと暗く落とす。




「……誰に殺られた?」




あ。あの目だ。


さっきの、ほんの一瞬だけ見せた、鋭く危うい眼光。


殺気がみなぎり、上まぶたに寄った黒目に向かって赤い筋が立つ。ドスの利いた声色も相まって、恐怖心をひどく煽り立てられる。


俺は反射的に視界をずらした。カメラ横で見入るHINAさんが目に入る。無意識に人差し指の肉に親指の長い爪を立てていた。そのさらに横では、監督の持つ台本が細かく振動していた。




「おいおい! 俺ァまだ、自殺か他殺か言ってねえぜ?」




人の狂いには敏感な別人格のボスは、さぞうれしそうに口を大きく開く。




「どうせ他殺だよ!」


「このタイミングで自殺も事故もおかしすぎる!」


「なんでそう思うんだ? あ?」


「そっちこそ、なんでまたここに?」




セイラに質問を質問で返され、ボンスケはわかりやすく機嫌を損ねた。けれどもすぐに、けろっとし、まあいいかと呟く。感情の起伏が激しいのも別人格の特徴である。




「目撃情報があったんだよ。この坊主とおめえが、ただならぬ雰囲気だったってな」


「それだけでわざわざ?」


「あいにく情報が少ねえもんでな」




なにも彼は、セイラを殺人犯だと怪しんでいるわけではない。言葉のとおり、情報をひとつでも増やすために、きらいだと語っていたガキの巣窟に、わざわざ二度も訪れてやったのだ。


実際、本作の肝となる連続失踪事件とこの殺人事件に関係があることも、まだはっきりとは証明されていなかった。



しばらくふたりは、お互いを探るように対峙し続けた。リーダーの背後で応戦していた少年少女は、冷戦状態を前に少しずつ演技の面がはがれ、じりじりとあとずさる。ボロ雑巾並に汚れた靴の底がこすれる音がいやに耳に障った。


おもむろにテラコッタブラウンの右端が吊り上がった。




「まあ、たしかに会ったし、ちょっと話したよ」


「どんな話?」


「あっちから声かけてきたんだ。そんなんで楽しい?って。ひっでえ言い草だろ? だからこっちも言ってやったんだ。そっちはつまんなくないのか、ってな」


「それで?」


「わかんないってさ。なーんもわかんねえ、って。なら一回こっち側来てみるか、つって誘ってみた。……そんだけ。すぐどっか行っちゃったよ」




冗談か本気かわかりづらく、嘘をついているようにも思えず、結局「ふーん」と感情のない相槌しか打たれなかった。そうと察していて、彼女は嫌みったらしく笑ってみせる。




「これでなんかわかったかよ、探偵さん」


「……まだ答えてねえのがあんぞ。なんで他殺だと決め打てた?」


「あんたと同じだからだよ」


「同じ?」




事実、この事件は他殺である。しかし、セイラが殺したのではない。


これを解く鍵は、いかに情報を得て、いかに整理できるかにある。




「ほんとに情報足りてなさそうだね」


「どういう意味だ」


「フッ……ほら、答えたんだから出てけば」




そのひと言を皮切りに、じっとしていた少年少女がはっとして演技を再開する。野生動物みたく叫びながらボンスケを出口へ追いこんでいった。


一歩うしろでただただ静かに見物しているセイラを含め、カメラが全体図を捉えて数秒、カットがかけられた。



深呼吸をし、ボンスケの憑依を解いた晴家さんは、モニターに行こうとした足を軌道修正し、春日野に近寄った。


みるみる生気の戻る彼女の目を覗き、興味深そうにほほえむ。可憐に返り咲いた美声に名前を呼ばれ、彼の肉付きの少ない頬がほころんだ。




「晴家さん? どうしました?」


「いえ、やはりふしぎだなと思いまして」


「ふしぎ、ですか?」


「僕はカメレオン俳優などと呼ばれていますが、その名は春日野さんのほうがお似合いな気がします」


「そんな……おそれ多いです」


「今の演技、特に目がとてもよかったです。久々にぞくっとしました」


「ありがとうございます」




うおおおお!! 超実力派の大河俳優のお墨付きをいただいてしまったーーー!!!


春日野はなぜもっと喜ばない!? 自分のことじゃないのに心の中でこんなにバカ騒ぎしてる俺がバカみたいじゃないか! いや、だって、ものすごい偉業を成してるんじゃないかこれ!? あの龍様だぞ!? オリンピック金メダリストが一介の部員にべた褒めしてるようなもんだぞ!? 鼻高々にもなっちまうだろ! こんなことがあっていいのか!?



この気持ちを早口で、しかもひと息で語れるくらい、俺の脳内には今、アドレナリンがドバドバあふれ出ている。監督もこういう心情だったのか。そりゃあ寝不足もどっか吹き飛んじまうわな。



堕ちることなく、上へ上へ昇り続けられることが、どれだけむずかしいことか、俺にはようくわかる。


さらっと難なくやってのけているように見せている彼女は、きっと、おそろしく強いんだろう。うらやむことすらもうできまい。



監督の合格をもらうと、春日野と晴家さんはハイタッチをした。2回目ともなると遠慮はなくなり、息を合わせた音がきれいに交わされる。


手と手が離れたすき間から、モニター前で呆然と佇むHINAさんが現れた。音につられ、春日野を捉えた切れ長の目には、昨日の底意地の悪さはなく、どこか丸みを帯びていた。




「……ほんと、すごいのね」


「え?」


「ううん、別に。なんでもなぁい」




わがままお嬢様が、陥落した。


ただのツンデレになった。



つい噴き出してしまい、HINAさんに睨まれてしまったが、これは抑えられはしないだろう。


うれしいから笑うんだ。楽しいから笑ってしまうんだ。


つくづく思うよ。春日野ってやつは、読めない。でも何もわからないのも、まあ、いいのかもしれない。


笑っている間は、右半身の歪さも忘れられる。




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