出会い
人身売買組織の隠し地下牢で、栗色の髪をまっすぐ伸ばした女に出会った。
年のほどは十歳ほどか。ガキである。第一印象はよくない。
せっかく助けに来てやった人のことを、刺すように睨みつけてくるのである。
美人ではあった。ハッとさせるところがある。確かな知性、明らかに十歳のものとは思えない知性を、その双眸からは感じた。
まあだからどうこう思うなんてことはありえない。
何せこいつはただのガキでしかないのだから。
「知り合いか? ヒョウ」
俺の隣にはコンビを組んでいる女がいた。名を有火。東尾が有する最強最大の剣客集団、十狼刀決死組三番隊に属する女だ。
決死組は隊ごとに役割が異なり、三番隊は外交兼外攻部隊、つまり、自国ではなく他国絡みの問題が発生した時に動く部隊なのである。
今回の任務は、北翼の人身売買組織の掃討。ってのも、東尾の女は東尾清女と呼ばれ、他国のクズによくさらわれる。
今回は、拉致被害者の救済というより、そんな連中に釘を刺しにきたのである。
次にうちにきたらわかってるなと。
まあそんなことをしても、風邪の予防程度にしかならんだろうが。
「俺に子供の知り合いがいると思うのかー? 忘れてるかもしれないが、俺は東尾にきてまだ半年も経ってねえんだぜ? 東尾のガキなんて知らねえよ」
この女は多分東尾の女だ。東尾の女は肌が白いなどの特色があるが、何よりそれだと断定させたのは、その座り方。
女は正座という、東尾独自の座り方をしていた。
俺はこういうとこ結構抜け目ない。元北翼の盗賊王と呼ばれた男だからな。
アルカもまあまあ鋭い方だ。何せ東尾最強の軍人の一人だ。
お互い職種は違えど、こういうことを見るプロだった。
「そうだな。そう言えばお前はただの、北翼の野良犬だったな。あまりにいつも馴れ馴れしいので忘れていた。許せ」
「馴れ馴れしいシーンなんてありましたか? まあいいや。いずれにしろこのクソ生意気なクソガキも保護対象なんだろ? お前らのとこの自国民みたいだし」
今一度娘を見る。
女は正座し、膝の上に置いた拳を震わせながらも、それでもやはり俺のことは睨んでいた。
いや今一度聞きたいんだけど、俺が一体何をした?
『何だよヒョウ。お前は本当に歴史に疎いな。この女は――』
ふと聞こえてきたのは、元相棒の言葉。
ここでこの幻聴。この女に関することとしか思えない。
もしかしてこいつ――
過去の俺の被害者か何かか?
ありえるな。
伊達に北翼の盗賊王と呼ばれていない。
盗むために人を殺したことも多々ある。
その時の身内か何かかな、こいつ……。
「ちょっとちょっとー」
思考していた時、自分達が下ってきた階段から、新たな女の声が聞こえてきた。
密偵として潜入していた女、雪蘭である。
布一枚を身体に巻いた、いかにも奴隷的な格好をしていて、その身に何があったのかは、あまり考えたくないところだ。
「いつまでこんなところで密会してんのよー。悪党殺してはい終わりじゃないんだからねー? 捕まった人らの解放はもちろん、生かした奴らの顔剥いだりとか、あそこ落としたりとか、それぶら下げて恐の魔力痕残したり、色々やること残ってんのよー」
グロいことを軽々と口にしていたセツランが、少女を目にして固まった。
「おやまあ」
そして、合点がいったとばかりに、掌を拳で叩いた。
「隠し階段があるから抜け道か何かと思いきや、こんな子供囲ってたのねー。ロリコンの心理はわからんわー。ま、確かに顔は可愛いけど」
確かにな。
だがそれだけとは思えない。
この女には何かある。
勘ではない。
明確な理由がある。
それは――
「雪。お前、この場に残されている感情をどう読んだ?」
「んー。喜、楽、愛、信、恐。多分三人はいるね。うち一人は手練れかな」
目に魔力を込めてセツランが言った。
見鬼と呼ばれる魔術で、魔術師が残した感情を探ったのだ。
魔力は死念半分思念半分で構成されているため、魔力の流れを読むと、断片的にだが魔術師の感情がわかる。残された感情も同じくだ。
ちなみに娘は魔術師ではないので感情を読むことはできない。
口元に手を置いた。
一考する。
喜、楽、愛、信、恐。
俺の読みと同じ見立てだ。
つまり、恐れを抱くほど信じ、また愛している。これは敬意を表している。
そして一人は手練れ。にもかかわらず、この場に感情の痕跡を残した。
それは、この女に並々ならぬ敬意を抱いたからに他ならない。
「ヒョウは」
俺はアルカの問いに何も答えず、少女を見た。
少しは安心したのか、ポカンとした顔でセツランとアルカを見ている。
探れば色々出てきそうだが、今ではないし、こいつを探る必要もない。
何より、俺は疎まれてるようだしな。
昔からガキと動物には嫌われるんだ、これが。
「さてね。俺は見鬼は得意じゃねえからな。雪女。上で生きてる奴で、まだ話せる奴いるか?」
「生きてる奴はいるけど話まではどうかなー。もう言語能力は死んでるんじゃないかな。鎮痛剤ぐらいはバアちゃんとかが持ってると思うけど」
「ふーん」
まあ下っ端が何か知ってるとも思えない。ここの親玉らしき人間は俺がさっき殺しちゃったし。
とはいえここを出る口実ぐらいにはなるか。
「なるほどね。じゃあそこのガキはお前らに任せるよ。俺はガキと面倒が嫌いだからな」
「待ってください!!」
呼ばれて、振り返る。
女はやはり顔を伏せていた。
そして、意を決したように顔を上げた。
「兄様は――」
「へ?」
兄様? どういうことだ?
俺はいつから、こいつの兄貴に――
「兄様。兄様ってば」
「……」
「兄様ああああああああああああああ!!」
「うお!!」
俺は大きく上体を持ち上げた。
そこにいたのは、先程の栗色の髪をした子供。
名をリティシア=凛。
十狼刀決死組三年生にして、俺の義妹。凛という字も、何の因果か俺がつけた。
「はぁー」
俺は地毛の黄赤ではなく、『黒色』に染めた髪を持ち上げた。
「あ、申し訳ございません。もしかして、うるさかったでしょうか?」
「いや、そうじゃない。いやまあうるさかったのは間違いないが」
「はわ!!」
リンが口元を押さえて声をあげる。
そのいかにもガキらしい仕草を見て、俺は笑った。
「しかし、それが一番の理由じゃない。ちょっと、昔の夢を見ててな」
「昔の夢……ですか?」
「ああ。無駄に臨場感があって、ちょっと疲れた。――何だよ?」
リンは今も口元を両手で隠しながら俺を見ている。ただその顔が、ほんのり赤く、ポーッと照れている感じだったので、俺は尋ねた。ガキだからか、こいつは時々こういう脈絡のない、意味不明なことをする。
「あ、いえその、兄様の昔というのが、少し気になったもので」
「お前の夢だよ」
「え?」
「だから、お前と初めて会った時の夢を見てたんだよ、リン」