Episode 14 市長の災難
「夢咲はいるか?」
いきなり山の中に響くドスの効いた声に隣の勇者こと田中くんは飛び跳ねた。
「こんなところまで何です一竜市長」
「えっ、組長!?」
「誰が組長じゃボケ!」
人の思い込みとは怖いもので俺は市長と言ったのに田中くんには組長と聞こえたらしい……半分は田中くんのせいでは無い気がするけど。
「おい夢咲!このガキはなんだ?」
「勇者ッス」
「は?勇者?」
「気にしないで下さいただのあだ名なので」
反射的に答えたが冗談にしか聞こえなかったようで田中くんを一瞥するとふんと鼻を鳴らして俺に向き直る。
「お前、あの病院の件はどういう事だ?」
「病院の件ですか?」
「知らないとは言わせねぇぞ、病院の小児の患者が突然全員完治して退院なんて尋常な事じゃねぇんだ。現に世界中から問い合わせが来ているんだぞ」
「は?世界中から問い合わせ?なんでそんな事に」
全員が原因不明の完治くらいで騒ぎにはなるだろうが世界中が食い付くような話では無い気がする。
「症例が少なくて治療方法が確立されていない子が1名、治療が難しいとさるていた子が2名いたんだぞ」
血管が切れそうな勢いで怒鳴る一竜市長。
「治って良かったじゃないですか」
田中くんが怯えながら呟く。
「何が起きようと助からない人は死んでいくんです。助かった命があったらそこに何の問題があるんですか」
田中くんはお馬鹿なりにも勇者という役目を5年もしていた、理不尽な死には何度も遭遇しただろうし命の価値は知っているはずだ。
「助けたのは別に良い、どうやったかって聞いているんだ」
俺はその言葉に深い溜息をついた。
「知ってどうするんですか?他の人も助けろとでも?他の人に真似出来るとでも?」
「それを聞きに来たんだろう」
「なら答えましょう。いくらかの人なら助けられますよ、でもそれは他人に強要はされないし俺の気まぐれでしか行いません」
俺は異世界の物を流通させるつもりなどないのだ。
「神にでもなったつもりか?」
「俺を害するなら悪魔にでもなってみせましょう」
「後悔するぞ?」
一竜市長は威圧するが異世界で魔物と戦ったことのある俺には通用しない。
「やめた方が良いですよ、みんな死んじゃいますから」
ぼそりと田中くんは市長に話しかける。
「オレたちは神に拉致されて戦士として戦っていたんです。何が来ても生き残る為なら戦いますから」
「ちょっと待て田中くん!」
「おい神に拉致ってどういう事だ?説明して貰おうか?」
「えっ、ヤバい!いや何でも無いです」
田中くん……それでは誰も誤魔化されないから……。
「オレたちは異世界なんて行ってないッスから!」
これは一竜市長の口止めは必須だな。
「この馬鹿野郎!」
俺は田中くん目掛けて思い切り殴り付ける。
「うわぁあぁっ」
田中くんは流石の反射神経でギリギリ回避に成功するが、
ドゴォオォォォン
俺の拳は背後にあった木の幹を抉り取った。
「避けるな!」
「避けるッスよ!殺す気で殴りましたね!?」
「身体強化くらいしろ!あれくらいで死ぬか!」
「魔法全部取り上げられたから身体強化の魔法使えないッスよ……あれに当たったら本気で死んでましたって!」
一竜市長は俺たちの駆け引きを顔面蒼白で見ている。
「あれくらいで人間死ぬ訳ないだろ」
「あれで生きてる人間がおかしいんッスよ、そうですよね市長さん」
「………………」
一竜市長はピクリとも動かない……そのまま気絶しているようだ。
「返事がないただの屍のようだ」
「やめて下さいよ!本当に洒落にならないですから」
そのまま一竜市長はその日目を覚ます事が無いのだった。




