繋がり
文化祭当日、俺らのメイド喫茶は賑わっていた。
なんでもかわいい子がいると噂になって、男性客が詰め寄ってきたのが事の始まりらしい。
そのかわいい子というのは何を隠そう、五十嵐さんのことだった。
「おかえりなさいませ、お嬢様、ご主人様」
俺も執事役としてお客さんに接するが、たまに視線を感じる。
おそらく執事服と、普段はつけないワックスのせいだろう。
執事は女性にとって憧れの男性像の一つでもある。容姿に与える髪型の印象は強いと聞いたことがあるし、おそらくそういうことだ。
女性の視線が集中しているからと言って、俺は鼻の下をのばしたりすることはない。
答えは単純明快。
メイド服姿で働く五十嵐さんのインパクトが強すぎる。
それに尽きる。説明は以上。
他の女性は目に入らない。
五十嵐さんは気になっている女性でもあるし、その感情抜きにしても美しくみえる。
皆見惚れて、中には五十嵐さんを指名する人がいるほどである。
お客さんには悪いのだが、彼女ばかり馬車馬のごとく働かせるのは流石に負担になるだろう。
仕方なく、そういった指名しようとした客が来るたびに、俺はその客のもとへ向かう。
「ご主人様、当店ではそのようなサービスを執り行っておりません。どうかご了承ください」
とまあこんな感じで体よく断りを入れている。
だが流石にそういった行動は当人、つまり五十嵐さんにばれているらしく、オーダーを受けて裏方へ行く際にすれ違った彼女に一言耳打ちをされる。
「私のために、いつもありがとね」
めっちゃばれてるじゃん。さりげなくやっていたはずなのに、周りからしてみれば俺が五十嵐さんを庇っていることが一目瞭然だった。
恥ずかしい、穴があったら入りたい。
程なくして俺と五十嵐さんの休憩時間となったので、他の人とホール担当を交代して教室から出ることにした。
しかし次のシフト担当の男子がオーダーの飲み物をこぼすという失態をやらかしたので、俺は少し居残って片付けの手伝いをした。
そして教室から出ようとしたのだが、教室の目の前が人だらけで思ったように身動きが取れない。
どうやら窓側で佇んでいた五十嵐さんがナンパされていたらしい。
初めて彼女と友達になったときのことを思い出すな。
だが俺はもうあの頃の自分とは違う人間になった。
俺は五十嵐さんのもとへ駆けつける。
ほら、今回はきちんとやれよ?
「あっ、坂上くん――」
「すみません、皆さん。彼女、俺のツレなんで」
俺は出来るだけ優しく五十嵐さんの手を取り、その場から離れた。
勝手に手に触れたけど大丈夫だよな?
そんなことを考えていると、彼女は一旦手を離した。
やはり嫌だったんだろうか?
実はそうではなく、俺の行動はどうやら彼女のいたずら心を刺激してしまったらしい。
急に手を握り返された。
いわゆる手をつないでいる状態だ。
よく分からない感情が、俺の胸の内を錯綜としている。
「さっきの坂上くん、かっこよかった」
「どういたしまして。前回は何もできなかったからな、今回は格好つけた」
「ふふっ、なにそれ。――前の時もかっこよかったよ? もちろん今回のほうがポイントは高かったけど」
彼女に認められるのが嬉しい。
彼女にもっと見てもらいたい。
これが恋心でないというならば、恋とは一体何なのか。
恋心を確実に自覚してしまった以上、俺は終着点を定めなくてはならない。
そう、つまり『恋心は胸の内に秘めたまま、付き合わずに友達のままでいる』か『告白する』かの二択だ。
今はまだ決めることが難しいかもしれないが、いや、行動に移すことは難しいかもしれないが、いずれ両者のどちらかを選択しなくてはいけない。
その日が訪れるのが、俺は怖い。
「これから文化祭を見て回るわけだけど、五十嵐さんは行きたいところある?」
「お化け屋敷! あと体育館でやっている軽音楽部のあれかなぁ」
「じゃあ先に体育館に行こうか。スケジュール的にそっちのほうがいいだろうし」
話をするのはいいんだけどさ、この繋いだ手っていつ離せばいいんだ?
いや、俺的には役得なんだが、彼女は男子と手を繋いだままって嫌じゃないんだろうか。
ちょっと聞いてみるか。
「手、繋いだままだけど大丈夫? 無理しなくてもいいんだぞ?」
「え? 全然嫌じゃないよ? むしろ不思議、女子の手と男子の手って全然違うんだね。なんかゴツゴツしてる」
そう言いながら彼女は俺の手を撫でまわす。
くすぐったさと気恥ずかしさが同時に押し寄せる。
改めて彼女の俺に対する警戒心が解けてきているのを実感する。
もうただの友達の距離感ではない、気がする。いや、もしかしたらこういった関係の男女の友情もあるのかもしれないが。
だが俺自身がもう五十嵐さんのことを一人の素敵な女性として見てしまっているのだ。
実は何度か男子が五十嵐さんに告白をしている場面を見たことがある。
だが俺は五十嵐さんは男子と仲良くしないという噂を聞いていたし、その男子たちは結局皆容姿とか読者モデルとか、そういうステータスしか見ずに五十嵐さんに告白しているのかと――そう思っていた。
しかし今なら言える。
五十嵐さんの外見上のステータスは、彼女の内面が反映されたものだと。
つまり内側が美しいからこそ外側も美しく見えるんだ。
だがその事実に気づけた男子ははたしていたのだろうか。
そもそも彼女がどれだけ頑張っているか、実際に知らないのに気づくことができるのか? いや、無理だ。
俺はたまたま五十嵐さんと友達になれたから、その事実に気づくことができた。
だとすると、彼女を好きになったのも偶々と言える。
――ただのクラスメイトのままなら彼女のことを好きになることなんてなかったのに。
そんな愚痴っぽいことを考えながら、俺は彼女と手を繋ぎながら体育館へと向かった。