試着
文化祭はいよいよ明日開催される。
皆学校に居残っているが、実はどの班も殆どの作業が終了している。
残っている作業という作業もなく、計画通り事が運んだともいえる。
早めに催し物を決定して作業に取り掛かったのが功を奏したようだ。
ではなぜこんなに人が教室内に残っているのかというと――
「で、誰がメイド服試着するん?」
とは誰の一言だっただろうか。
それはともかく誰かがメイド服を試着し、オーダーの取り方から裏方への注文などを予行練習しようという話になったのだ。
ぶっつけ本番でやらかすよりはいいという意見が多く、満場一致で予行練習の話は承諾された。
……しかし皆の目的は本当にそれだけか? 俺は一足早く女子のメイド姿を見たいのではないかと踏んでいる。
だが女子たち自体乗り気だし、特に問題はないだろう。
「はいはーい! それじゃ私が試着する!」
五十嵐さんは挙手しながらそう言った。
クラスの男子がざわつく。
正直俺だって一緒になってざわつきたい。
あの五十嵐さんのメイド姿だぞ? 何が何でも拝みたいという気持ちはよくわかる。
「はい決定ー。それじゃ澄香、家庭科室で着替えてきなよー。男子ども、覗きに来るなよー? ……やっぱ心配だわ。坂上、見張り手伝ってー」
別にいいんだが、俺も男子だぞ?
なのに見張り役っていいのか? とは思ったが中里さんいわく『女子だけだと男子に力づくで来られたら止められないから』とのこと。
だが悲しいかな、男子全員で来られると俺だって止められる自信はない。
「なら勇も一緒にいいか? あいつなら信用できるだろ?」
周知の事実だが、勇には想い人がいる。
だから五十嵐さんの着替えを覗こうだなんて真似はしない。
「小林ならいっかー。じゃあ家庭科室に行こうー」
そうして女子集団と俺、勇は家庭科室まで移動した。
五十嵐さんが家庭科室の中で着替えている間、中里さんが急に話しかけてきた。
「で、坂上。澄香に何やらかしたんー? 澄香、めっちゃ坂上のこと意識しているんだけどさー」
「あー。それ、俺も疑問だった。翔太、お前マジで何やったんだ?」
なんでも五十嵐さんは俺のことを何度もちらちらと見ていたらしい。
正直俺もその事実に気づいていた。だって教室での作業中五十嵐さんと何度も目があったし。
二人が言いたいことは分かる。買い出し中に『お前告ったんか?』か、それに近いことをしたとでも言いたいのだろう。
……大体合っているのが困るな。どうやってこの場を切り抜けるべきか。
「――皆が期待しているようなことはしてないよ」
「ふーん。じゃあ今から澄香に聞いてくる―。男子諸君、扉を開けるからあっち向いてて」
言われた通り俺らは逆側を向いた。
これ大丈夫なのか? もし五十嵐さんが俺から告白まがいのことをされたと伝えたら、大変なことになる気がする。
その時、家庭科室から中里さんの大声が聞こえた。
「マ!? それマジ!? 坂上の言っていることと違うじゃーん!」
終わった、俺の学園生活……。
どこまで伝えたかはわからないが、十中八九買い出しから帰宅していた時の話のことだろう。
程なくして家庭科室の扉が開く音がした。
そこから二人の影が出てくる。
そこにはメイド服に身を包んだ天使がいた。
俺はそのメイド姿の五十嵐さんに一言声をかける。
「五十嵐さん、すごく似合ってる」
「――うん、ありがとう」
彼女は俯きながら斜め下に視線を流しつつそう答えた。
心なしか頬に朱が差しているようにも思える。
そんな甘酸っぱい空気お構いなしでやってくる一人の女子がいた。
「坂上くーん? 聞いていた話と違うんですけどー? やらかしてんじゃん」
「ちなみにどんな話を五十嵐さんから聞いたの?」
「なんかお互いに褒めちぎったって話ー」
五十嵐さん、ナイス!
確かにその話はしたわけだから、嘘はついてない。
これなら俺も話を合わせやすくなる。
どうやら告白まがいの話は伝わっていないとみて間違いない。
しかし五十嵐さんは何故その部分を伏せたのだろうか?
真実をすべて話して相談に乗ってもらうという選択肢もあったのではないのか?
あるいは誰にもそれを打ち明けたくなかったとか。
「そっかー。いつの間にか二人は良い雰囲気になっていたのかー。……ねえ、小林。文化祭のシフト、坂上と代わってあげてくんない? そうすれば澄香と坂上、一緒に文化祭回れるっしょ」
「まあ、いいけどよ。そうするか、翔太」
女子の勘は鋭い。
あの時の話を全て伝えたわけではないのに、俺と五十嵐さんの関係は特別なものになっていると察したらしい。
「それで、この間二人してどんな話したん?」
「五十嵐さんが言ってた通りだよ。読者モデルも学校での勉強も両方やってる五十嵐さんは凄いなって話。――恥ずかしいからその話はここまでな」
追及を逃れるべく、さりげなく話は終了ということを伝えておく――のだが女子グループは俺の話を聞いて盛り上がっている。
これ、大丈夫か? そのうち本当に告白する前に告白したことにされる気がするぞ?
思春期の学生は恋愛話に飢えているからな。俺らの『お互い信頼し合ってます』の話はさぞ彼女らの恋愛アンテナを刺激したことだろう。
皆で教室に戻ったところで男子どもの黄色い――いや、黄色くないわ。でも歓声が湧いたことは言うまでもなかった。
そして軽く予行練習をした後、皆ぽつぽつと下校しだした。
俺はいつも通り五十嵐さんと一緒に帰るつもりなので、彼女が着替え終わるのを待つ。
五十嵐さんが着替え終わり、家庭科室から出てきたところで殆どの女子たちは玄関まで行き、残ったのは中里さんのみとなった。
「疑問なんだけどさー。澄香と坂上、本当に付き合ってないの?」
中里さんが言いたいことは分かる。毎日のように二人して下校時間まで学校で一緒に勉強してたら、特別な関係なのでは? と疑問に思うのも仕方がないことだと思う。
「うん、付き合ってないよ? ――それに私じゃ坂上くんと釣り合わないよ」
その言葉に俺は苦笑した。
どう考えても客観的に見て釣り合ってないのは俺の方だった。
「俺は逆だと思うんだけどな。五十嵐さんと歩き並ぶのが俺で大丈夫なのか? って思う」
中里さんはこめかみに手を当て、唸っていた。
一体どうしたというのか。
「――いや。大体おかしいのよー。澄香がこんなに男子に気を許していることがさ? ……いい線いっているんじゃないのー? そこんとこどうなのさ。教えてよ、澄香先生ー?」
五十嵐さんは『ちょっとやめてよもぅ』と笑いながら中里さんとじゃれつく。
そして玄関に到着したところで中里さんと別れた。
残るは五十嵐さんと俺の二人のみ。
いつものように二人して下校した。
照らす光は街灯のそれと、各所の家から漏れ出る光のみ。
夜の香りがした。
「ねねっ。私のメイド姿、どうだった?」
「正直生きててよかったって思った」
彼女は笑いながら『なにそれー、もー』と言う。
でもまんざらでもなさそうな表情をしていた。
「――文化祭の休憩時間、一緒に回ろうか」
「……うん」
「後夜祭も一緒にいよう」
「――うん、いいよ」
きっと今回の文化祭を機に、俺らの関係はまた違ったものに変化していくだろう。
それでも、――それでも俺は前に進みたい。